最悪な夢を見た。
まだ締め上げられた感覚が残っている首を掴んで呻きながら、起き上がる。
けど、そこにいるはずの人物達はいなくなっていて……。
―第10話―
すぐさま、ものすごい音がオレの耳に飛んできた。
嵐のような強風が部屋の外側を殴り付けていっている。
そのものすごい音に、別の音が混じっているのを認識した途端。
オレの真横を管理人室、と書かれた札が飛んだ。
ドアからも、ものすごい風が流れ込んできて……。
ドアが開けられた!?
「まずい!」
こんな荒事が出来るのは、あの一族しかいないっ!!
「ゲイラ族!!」
絡み付く風をぬって急いで部屋を飛び出し、すぐさま叫んだ。
が、そいつは以前のマント女の姿をしていたけれど、何かが異様だった。
そして、ふら、ふら、と不自然に揺れ動き、口を開いた。
「ヤクそク…ドお、リ……頂戴死ニ来タ……」
!!
な、何だって!今なんて…。
白く丸いものが握られている。
「ピー!!返してくれ!」
「返ス……フ、此れハ。オ前ノ物、出ナイ」
「っ!」
もやもやとした黒い煙に覆われ、もごもごと蠢く原型を無くした丸を、両手でひねり潰そうとする。
マント女の後ろに、何かが現れようとしている……。
女がにやついた次の瞬間。丸は頭突きを繰り出した。
「ウグ…ッ……!!」
それが、最後の力だったらしい。
白い羽毛によく似たもこもこが雲となって散ってしまったのを悔しむ間もなく、オレはマント女に飛び付いた。
精一杯の力を込めて襟元を掴み、その場に組み伏せた。うっ!振り払われる!これじゃダメだ!!
「離…セ…!はナ……し手…!!」
「くっそ、使うしかないのか!管理者権限!」
自分の胸元に手を突っ込み、実体化させる。
手から溢れたまばゆい程の光は、マントの女を照らし、光に包まれ姿を消した。
「はあっ。はっ。はあ」
上がった息。何がなんだか理解する間もなく、力尽きて、倒れ込んだ。
どれくらい時間が経ったのか。
草原に伸びたままのオレに、人影が近付く。
そして。
鍵を、手に取った。
…?
オレは拾った人物を、目で追っていく。
しばらくぼーっと眺めていて。
ようやく気付いた。
そこには、先程のマント女の後ろに現れた――草原から空の天井へと続きガラスのように透き通る階段があって。
その一段目に足を伸ばした、女神の後ろ姿があった。
「お前っ……どこ行ってたんだ!こっちは大変だったんだぞ!」
その姿を確認して、すぐに起き上がって叫んだ。
「おい!聞いてるのか!!」
昇り始めた女神は、ようやく立ち止まる。
そして、振り返らずに、オレに返した。
「ごめんね」
「な………何言ってるんだ?」
確かに、前回トンでもマジックを繰り出してくれたお前がいたら、もうちょっと何とかなってた気はするんだが……。
さっきのはオレの不手際だし……仕方ないし……。なんで謝ってるんだ?
「結構迷惑かけたと思うのだけれど。やっぱり、鈍感なの?」
「ど、鈍感……?いや。お前が人の心の中を読みすぎなんだよ」
そう悪態をつきつつ。
何かの予感を感じてしまって。
その正体が分からずつっかえたまま、喋るオレ。
「私、そろそろ行くね」
その言葉に、胸が鳴った。
「ずっと行ってみたかったの」
「この世界の最上層。その雲の中に隠された、景色を」
ああ…。
そう、返した女神の声は。
どこか大人びて、ひどく落ち着いてて。
「きっと素敵で美しい場所だと信じている」
けど、夢に憧れる純粋な子供のような……。
「全てが、見渡せるほどに」
とても懐かしいと思える、本気の声だった。
「…………オレに、お前を引き留める権限はない」
「行って見てこい」
「またいつか、会えたら……。オレにも、その景色………教えてくれ」
「ええ。帰ってこれたら、ね」
そう言って、一段、一段と昇っていく。
高く、上がっていく後ろ姿が、ゆっくりと、小さくなって。
そして、雲の中に消えて、役目を終えた階段が、消えて。
全てが消えるまで。
見送った。