ここは、空想世界。とある人間のために創られた想像上の世界。季節は秋に入り、木々の枯れ葉がひらひらと落ちていき、
冬に向かって少しずつ寒くなってゆく
…ハズだったが、今年は異常気象のようだ。
夏はもうとっくに終わったというのに日差しは強く、
地面にジリジリと照りつける。
太陽はまだ主役気分。お前の出番は終わったぞ。自己中のお天道様め。まさかこの後に大嵐が来るなんて誰も思っていなかった。勿論、少年だって――。―第3話―オレはちょうど散策を終え、仕事場兼自宅に戻って来ていた。「今日も異常無し。毎日毎日平穏すぎるな…何かあってもいいのに」
「あら、こんにちは。何か暇そうね」ソファーに座っているいつもと変わらぬワンピース姿の女神が言った。「い、いつの間に!というか勝手に入るなって言ったじゃないか!」「だって暇だから」「『だって』じゃないよ!全く…」ああ、誰も女神が来てくれなんて願ってないのに。
オレの部屋に入るなっていつも言っているのだが…
女神は人の話なんざ聞いてはいないようだ。「そうだ、ピーちゃん元気?」「ん?ああ、元気だけど」片目で横を見やると、ピーはタオルケットの中ですやすやと眠っている。
前に浜辺で拾った白い小鳥だ。
名前がなかったのでオレが”ピー”と名付けた。
うずくまっていると小さいボールのようにも見える。
飛べるのかは不明…。「ねぇ、私にピーちゃんくれないの?」「やだね。オレが見つけたんだからオレが育てる」「残念ね」「あーあ……あっ髪」「髪…?」「髪の色よ。毛先だけ色が違うのよ」言われてみれば、女神の髪の色が変だ。
全体的に水色をしているが、毛先だけ灰色…
なんていうか、今にも大雨が降りだしそうな雲のような色だな。「髪染めたのか…?」女神は首を横に振った。「あなたに教えていなかったかしら。私の髪は特別でね。
その時の空の色によって、色が変わるの。
晴れだったら『水色』、雨だったら『濃い青色』とかね。
そうね、そろそろ嵐が来るかしら…?」「え……嵐?」最初、聞き間違えたかと思った。
こんな晴れた日に嵐か?
オレがそれ冗談だろ、と目で訴えると女神は
“冗談じゃないわよ”と顔を向けた。なんか…。
なんか、嫌な予感がする…。「あっ…ちょっと待って…!!」オレは勢いよく部屋から飛び出した。
部屋を出たと同時に強風が吹いた。
向かい風が前に進もうとする体を押さえつける。
なかなか前に進むことができない。空は急に明るさを無くし、黒が世界を支配していく――。
くっ…なんだこの強い風は…!
まさか、もう嵐が来てしまったのだろうか。「あれは…!!」曇天の空に小さな竜巻が巨大な竜巻を囲むように渦巻いている。
これは…嵐じゃない。こんな竜巻を発生させるのは
あいつらしかいない。「ゲイラ族だ」あいつらは定期的に風を発生させてさまざまな場所へと移動している民族。
何を求めて移動を繰り返しているのかはさっぱり分からないが、
いつもとてつもない強風を巻き起こして去っていく。
強風が過ぎ去った後には、形を無くした哀れな残骸しか残っていない。
…前にもこの世界を横切っていった事があって、
その時は復旧させるのにかなりの時間を費やした気がする。
はっきり言って、強風というより台風並みだ。ゲイラ族め。ああ、今日はなんてついてない日なんだろう…。
平穏が一気に崩れ去っていく。
このまま放っておいたら近所迷惑じゃすまない事になる。
何とかしなきゃ…!
しかし、動けないんじゃ何も出来ない。突然、上の方から声が聞こえてきた。「あーら!久しぶりね!××××さん♪」強風のせいではっきり声が聞こえない…。
オレと同じくらいの背丈に焦げ茶のマントのような物で身を包んでいる。
フードを被っているから顔はよく見えない。
“久しぶりね”と言われたが、こんなやつはオレの知り合いにはいないはず。
オレは大声で叫んだ。「誰だお前は!!」「しらばっくれる気?冗談じゃないわ!」「だから!『お前は誰だ』って聞いているんだよ!」女はオレの質問には答える気はないようだ。「にしても、生きてたなんてね。あの時、消えてなくなったのかと思ってた♪」…何言ってんだ?
フッと上を見ると、フードの下から不気味な笑みが見えた。「まあ…アンタは今ここで死ぬんだけどねっ……!!」突然マントの下から、鋭く光る剣が現れてオレに向かって飛んできた。
余りにも素早すぎて相手の行動が読み切れず、
そのまま目標めがけて突き刺さ……”カキン!”……っ!!…あ、あれ…?
刺さってない……!?
気付くとオレの目の前には
ワンピース姿の羽の生えた背中が見えた。「ちゃんと人の話は最後まで聞くって教わらなかった?」…え?「弾かれた…!?アタシの攻撃が効かないなんて!しかも素手って…アンタ何者よ!」……め…女神!?「危機一髪だったわね」自信ありげにそう言った女神の手には”何も持っていない”。
確かに剣を弾いた音が聞こえたのに……いやいや素手はないだろう。
一体どうやって剣を弾いたんだ!?
かなり戸惑った顔をしていたのに気付いた女神は、
さらっと一言言いやがった。「知ってた?天使に出来ないコトなんてないのよ」理解不能。余計頭が混乱しそう。女はマジックを繰り出されては勝ち目はないと気付いたらしい。「ちっ、仕方ない。
今日はこのくらいにしといてやるわ。
次会った時には必ず地獄に突き落としてやるからっ…!」悪役の決まり文句を吐き捨てて去ってしまった。やがて風が弱まり、退却命令が出されたのか黒い雲も退いていく。
かなりの強風だったのに特に被害はなさそうだった。
またいつもの穏やかな空へと戻りそうだ。
思わず、安堵のため息をついた。「さっきの子…きっとあの民族の子よ」「ああ、そうなのか」疲れ切ってヘトヘトだったから、そんな事はどうでもよかった。「さっきは、ありがとな」「どういたしまして。
えっと…聞きたいことがあるんだけど」「なんだ?」風が女神の長い髪をなびかせた。
もう、元の水色の髪に戻っていた。「さっき、あの子との会話を聞いてて思い出したんだけど、
あなたの名前…まだ教えてもらってなかったわ」あー、そういやそうだったかも。
こいつにはまだ教えてなかったんだっけ。「好きなように呼べ」「え?」オレはくるっと後ろを向いた。追い風が背中を吹き抜けていく。「オレには名前が無いんだ。だからみんな好き勝手に呼んでいる」「…自由に呼んでもいいの?」「ああ、もちろん」変な名前はやめて欲しいけどな。「『しろ』…でどう?」うわ…変な名前…!
こいつのネーミングセンス、オレ以下だよ、オレ以下!「もっとかっこいい名前は思いつかなかったのか!?」「だって『好きなように呼べ』って言ったじゃないの」「だから……あっ!!」振り向いた時には女神の姿はなかった。全く、素早いやつだ…。
しろ…しろ…。
どう考えたって可愛すぎる名前だ。なんだか恥ずかしい…。あー、素敵な名前をどうもありがとう…。
今度会った時は仕返ししてや……ん?そういや、オレもあいつの名前教えてもらってなかったな…。
今度会った時に聞いてみるか。オレは空を見上げた。
ちょうど、黒い雲と入れ替わりに顔を出した白い雲が
あの太陽に挨拶をしているところだった。まだまだ暑い日が続きそうだ。
しかし、彼に平穏な日々が戻って来るのは、まだまだ先の事であった。第3話後編に続く。没になりました。