正直者と嘘つきの僕

暗い、人工的なレンガ作りの洞窟の階段を下りていく秋良。開けた視界の先に、広大な魔界の闇と、怪しいわりには小さな魔王城がそびえ立っていた。

「ご苦労様でした」

空の籠を手渡すとそう言われ、しばし突っ立っている秋良。いつもなら、ここで次の籠を手渡すのだが。

「今日は泊まっていきなさい」

突然の事に何も言えず見つめ返す秋良を見て、ほんの僅かに口の端を持ち上げる魔王。

「晩餐会ですよ。是非とも貴方を招待したいのです」

 

秋良は気が付かぬ間に椅子に座っていて。食事の時間は進んでいく。何かの力が働いて、その場から逃げられない秋良。淡々と口に運んでいく魔王。時折、見られるような射貫くような目線を感じる。しばらくは手をつけなかった秋良だったが。その魔王の視線に耐えかねて、意を決して飲み込む秋良。呆けた顔で、魔界に来てからようやく初めて、言葉を発した。それは、今までの秋良の内から出る言葉のどれよりもひどく、分厚い壁に投げつけるような言葉だった。

「おいしくないね」

「……」
「あの子は、『おいしい』って言っていたよ」
「そうでしょうね」

「1人で住んでいるの?」
「ええ。十分な広さですよ」
「寂しくないの?」

投げつけられる質問の数々に、魔王はその問いにだけはきちんとした返事を返さなかったが、

「…人として。誰かと食事を共にするのは、いつ以来でしょうね」
「でも。そうですね……。今宵は楽しい時間を過ごせそうですよ」

食事が終わって、ようやく自力で引けた椅子の足元で何かが光り、また空の甲冑が動き出して、食事を下げ、クロスは自発的に飛んでいって飛んで来て 替えて、あっという間に片付けを進めていく。それらに囲まれながら、魔王の見様見真似をして、ゆっくりと口元を拭く秋良。ようやく解放されたのに、何故か秋良の腹の中はうごめいていて、何かに苛立っていた。晩餐が終わった事を秋良も悟って、入ってきたドアに目をやるが、別の方向から魔王の声がした。

「こちらにおいでなさい」
「あれは貴方に見せるべきものでしょうから」

先に進んでいってしまう魔王。おそるおそる着いていく秋良だったが、通路の奥から獰猛な獣の声が反響してきて、

「怖がることはありませんよ。彼らは全て、檻の中です」
「……」

闇の中から数多の両の目が、秋良を凝視し脅していた。足が竦んで思わず魔王のマントの裾を掴んでしまい、先程の威勢も忘れ、弱った目でその場から動けない秋良。上から見下ろしていた魔王だったが、引っ張られている事を気にしない事にしたのか、裾を掴まれたまま、奥へと進んでいく。

ぴたりと止まって。ほんの少しだけ開けられている石のドアの隙間から、見えてはいけない”何か”が見えて。
すかさず目が闇に覆われる。(魔王の手が遮る)

次の瞬間には、先程の魔王城の晩餐をしていた場に戻っていた。手にはいつの間にか。身が詰まった籠が持たされていて。

「あの先はいずれ。その時が来たら、明かされるでしょう」

その声と共に僕はまた、花畑に立っていた。