立会

***
ここダークサイド ユサ視点のみ

倒れてしまった子供を目の前にし顔を見合わせた二人の悪魔は、どちらも落ち着かない様子だった。
突然消えてしまった魔王、そして代わりに現れた人間の子供…。
しかし、この子供が何か知っているかもしれないと思った悪魔は、
本来魔王を連れて行くはずだった屋敷に子供を連れて帰る。

ツノの生えた悪魔(レイカ)は森の湧井戸まで水を汲みに。
羽の生えた悪魔(ユサ)はベッドに寝かせた子供につきっきりで看病した。

寝ている途中、子供は何度も呻いて吐いてしまう。

ユサが子供の口元を拭くと、布に黒い染みが付く。
吐瀉物には、闇のように黒く混じった何かが、おぞましい気を放っていたのを見た。

***

朝。目がうまく開かない。
薄目でぼんやりと光を捉えようとしていたところにユサが声をかける。

「おはようございます」
「……?」
「目が覚めましたね。気分はいかがですか?」

「だいじょうぶ」

短いやりとりだったが、秋良はどこか懐かしさを覚える。

(ここは…。どこだ?)

「何か欲しいものはありますか?」

ユサの声が、秋良の耳に入って来る。
だが頭がぼーっとしていて、周囲が霞んだようにうまく見えない秋良は勘違いをした。

(なんだか、懐かしい声がする。優しくて、穏やかな……)

「本、読んでくれるかな」
「本…ですか?どのような本にいたしましょう」

「何でもいい。ひとつ持ってきて」
「…えっと、少々お待ちください」

席を立つ断りを入れて、悪魔は別の部屋へ本を探しに行く。

そして本を手にして戻ってきて読み聞かせを始めると、秋良はすやすやと寝てしまった。

 

***
ここ、ユサ視点のみ

ツノの生えた悪魔がのそのそとやって来る

「起きないっぽい?」
「いえ、先ほど目を覚まされましたよ。また眠ってしまったようです」

ふふ、と小さく微笑むと、問いかけた方の悪魔は

「ふぁあ…そ。もーひと眠りしよー」

ベッドに腕を乗せて寝息を立て始めた。

「…」

何も言わずに二人を眺め、寄り添う悪魔だった。

***

 

夜。目が覚めた秋良は、自分がひどくうなされていたような気がした。
上半身を起こし、周囲を見渡す。自分が寝ていたベッドを囲むように、静かに眠る二人の悪魔がいて。
その周りに置かれた物から、手厚く介抱された形跡を見つけた。

(どうして、こんなところで寝ていたんだろう)
(それに、これは……)

突然、胸に痛みが走る。
思わず小さく呻いた秋良は、頭を埋め、必死に手で胸を押さえつける。あのおぞましい儀式の光景が、切られた跡からほとばしる黒い闇が、脳裏を駆け巡っていく。

(そうだ。僕は……、魔王に…生まれ変わったんだ……)

収まっていく痛みの跡に引きずられて、頭が冴えてくる。
それらを何とか理解し飲み込んだところで、ハッともう1つの懸念に気が付いた。

(彼女達は、自分を怪しまなかっただろうか…?それに、魔王は……)
(入れ替わったんだ。僕は、あの男と。魔王は、彼女達を……造り上げていた……)
(そして。もうすぐ新しい彼女達が生まれてくる……僕は、立ち会わなけば……っ)

だが、再び痛み出す体に耐えかねた秋良は「これ以上は体が持たない、無理だ」と悟っていた。

(何とか、しないと……)

 

静かに屋敷の部屋を抜け、外へ出た。子供は力を使う。
顔を歪ませてしまうほどにおぞましい、闇の力の渦に呑まれる。

そうして、空が暗闇からうっすら霞み始めた頃。
辿り着いた先にあったのは、かつて、花畑があったあの荒れ果てた大地。
(ね!このあと やまのむこうへ いってみない?)
以前の、あの子の声が聞こえてくる。…聞こえるわけがない。気のせいに決まっている。
もう一度力を使い、山を越える。
荒々しく削れた岩肌の中、大きな窪地が見えた。

白い円盤。継ぎ目のない丸い銅に、円盤を取り付けたような形をしたものが窪地の中央に、僅かに斜面に倒れ掛かり留まっている。
秋良が白い円盤を見つめると、四角い切り目が入っていき、入り口が開いた。

 

 

円盤の中にはこの世界に似つかわしくない、白く無機質な装置がいくつも備え付けられていた。
そして、その部屋の隅に置かれた白い長方形の箱に目をやる。

(もう、使うことはないと。思っていたのに)

近付いて行って、状態を確認する。装置に目立った損傷はない。箱を稼働するためのエネルギー残量を示すパネルを見る。
……あと、1度か2度、使えるかどうか…。

 

服を脱ぎ、腕に幾何学模様が付いている服に着替える。
それは、かつて自分が元居た世界の民族衣装。だが秋良は、本当にこの服を着ていたのか、実感が持てなくなっていた。
たしかに自分は、この装置を使って。円盤を動かし、命からがらこの世界へ逃げて来たのに。

強引な君に 腕を引っ張られて、連れて来られたような、気がしているんだ。僕も、世界も、何もかもが。全部、強引な君のせいで、狂ってしまったんだ。そうして、もう。君も……。

(……あのまま。消えて無くなってしまえば、良かったかな)

装置が動き出す。

(僕は………。)

(あんな事になるなんて、思ってなかったんだ)

(嘘だ)

(頭の片隅で。君の最悪を、願ってしまっていたんだ)

目を閉じる。

(僕は)

((こんな力)欲しくなかったよ)