決別

次の日。
地下室へ降りていった魔王は、異変に気付いた。
部屋の至る所に、白い羽根が散らばっていたのだ。
それは、紛れもなく彼女自身の、片方しかない翼から剥がれ落ちたもので…

(まさか…!)
最悪の事態が頭を過ぎり、血相を変えて檻に近付いた。

祈るように檻の中を見ると、
確かに、幼い少女はそこにいた。

「………ひゅう…ひゅ…う…」
昨日と同じ場所に眠っている、彼女の手の中に、何かが握られている。
魔王は、檻の中へ入っていき、屈んで彼女の手の中を確かめた。

それは、緑、赤、青に色づく、三つの小さな原石だった。
「これは…一体」

彼女の身体の近くには、色のない石が、ふわりと白い羽根と融合したようなものが、
正確には溶かして固めたような跡が幾つも残っていた。

目を見開いた彼は…しばし呆然で立ち尽くした。

その後、纏っていた全ての影を消し去り、
「…ありがとう」
自身の手を、彼女の手のひらを包むように重ねてから、色づく小さな原石を受け取った。

そして、再び影を纏い、
”これは、僕の支配下に置くよ…。有効に使わせてもらおう”
そう言って、”最後の仕上げ”に取り掛かった。

幼い少女を抱きかかえる。
腕の中に収まるその姿は、か弱い姫のような、華奢な人形のような、とても頼りない印象を与える。
しかし、背中には剥がれ落ちたとは言え、立派な、白い翼を一つだけ携えていて…。
その矛盾した姿を、思った通りの言葉で形容して正しいのか、分からない。

…思えば。
過去の僕は、君を、何と呼んでいたのだろう。
いつもそばにいたから呼びかける回数は少なかったし、君、とか、あの子、といったあやふやな名前を投げかけていた事しか、思い浮かばなかった。

もしや。
今の今まで、僕は。
君を真っ直ぐに見つめたことすらなかったのかもしれない。

(少女を見る)

ああ……愚かだな。
最後の最後に、本当の想いを理解した。

僕は、君と繋がっている。その繋がりを……僕は切りたくなかったんだ…。

(青年の背中を写す)

今まで、君に決めつけられて来た僕が。
反発し、力を覆し、裏切った…、君を救えなかった(何もできない)僕が。
今更、君を決めつけるなんて、到底したくはなかったし、する気も起きなかったけれど。

君のために、少しだけ、叶わない願いを聞いてほしい。

(闇のゲートが空中に出現する)

*もし君が、
全ての力を失い、この世界から消えていくならば、それは幸せなことだろう。*

*それとも君が、
片方の力だけで、僕の前に現れても、ただの少女に生まれ変わっていてくれたら、それは幸せなことだろう。*

*もしくは君が、
君の選んだ道がそのどちらでもなく、再び世界に大いなる力を振るう、その時は…*

今度こそ。
君との繋がりを断ち切る、最悪の結末が待っている。
そう、ならないように…ここでお別れだ。

(手を離す)(全ての影が消えていく)

さようなら。
僕の―――

”女神様”