良悪

アリーシャの話はこうだった。

魔界の外れの廃墟の庭に、とてつもない美男がいると。
だが、男はその廃墟の家主、蜘蛛女の元におり、皆でいけば一人くらい気に入って釣れるのではと。

翌日、岩陰から廃墟を覗く十数の眼光があった。
大広間の柱の隙間から、蠢く黒い物陰。
闇に紛れ、次々と廃墟へと潜入した。
渡り廊下から、庭を見た。

そしてそこにいたのは…。
「ねぇ!レイカ毛深いのヤダって言ったじゃん!!!!」(アリーシャに怒鳴り付ける)

全身毛むくじゃらの、狼男。
石材に寄りかかり、下を向いている。

「「アリーシャ!アンタの好みでしょあれ!!」」
「アレ~~~?!そーだったぁ!☆」

その場の全員から小声で怒鳴られるアリーシャ。

「がはは!アタシらみーんなのせられちまうとはなあ!」

それを見てキサナは大声を立てて笑った。
大声を立てて、笑ってしまった。

ガサガサガサッ!

「っけね!」

身を屈め、戦闘体制に入る悪魔達。

突如、地面に無造作な網目状の輝きがキラリと走る。皆一斉に避けたが…。

「キサナ!!」
「わり!!こりゃあ…ヤベーことになっちまったぜ……」

避けた辺りに影のように蠢く何かが、蜘蛛の糸にがんじがらめになり、人型へと変わっていく。
よろよろとした足取りだったそれが、しっかりと二の脚で地に立つ頃には。
真っ黒な、悪魔達それぞれのそっくりな化物が出来上がっていた。

「フフフフフフハハハハハハハハハハ!!」
「遊ぶ遊ぶ遊ぶ遊ぶ遊ぶあそぶ!!!!」
「戦え戦え戦え戦え戦え戦えタタカエ!!!」
「命が惜しけリャその命、差し出しナ!!」

取っ組み合いを始める悪魔達と、悪魔達そっくりの化物達。
死角の端で、悲鳴が1つ、2つと増えていく。
相手に気を取られ、蜘蛛の糸にかかり、宙へ捕らわれていく悪魔達。
しかし、未だ地で円を描くように立ち回る3人の悪魔がいた。
息のあった動きで自らの影を隣へ、隣へと投げ飛ばし回していく。

「ッギャ!っひゃあああああああぁぁぁ!?」
アリーシャまでも宙に引き上げられ、残り二匹。
背中合わせになるキサナとレイカ。二匹を囲む影の群れ。
小さく小刻みに息を吐く二匹。
「レイカぁ!ダメだっ!数が多すぎる!」
「知ってる!!」

先程の狼男が現れた。左肩に金髪の少女を担いだまま、口を開く。

「ご苦労様でした。もう結構ですよ」

蜘蛛女は絶命した。体から力が抜け、ぐたりと投げ出された。狼男は、それには目をくれない様子で前を向いたままであった。

「二人も残りましたか。優秀ですね。そうなるよう、強い存在を掛け合わせたので当然の結果でしょうが…」

「さて、二人。どちらでも構いません」

「私と共に、全世界を見渡すほどのさらなる高みへ、登る気はありませんか」

「高みってなんだよ、せつめーがざっくりしすぎだ!!このもじゃ男。」

(あ…)

「誰よりも気高き、強者へなることが可能ですよ。今の状況に不満を抱いているあなた達ならば、話は理解できるかと」

「断る!」

(あ……)

「出来ないのであれば仕方ありませんね…」

腰を屈めようとした狼男よりも早く、勢いよく地を蹴り振り下ろした鋭い爪が長身の獣の腕から振り下ろされる。

ガッ!と鈍い音を立てて狼男がふらつく。大きな煙と重みのある音を立てて地に倒れ込んだ。

「っと!ふうぼーの割には大したコトねーなぁ……」

あっけなく仕留め終えてしまい拍子抜けの有り様に頭を掻こうとしたキサナの視界へ、ふわりと降り立った少女が侵入した。と、同時にキサナが何かに掴まれ、突然宙でもがき始める。

(あ……!)

「……こま、りましたね……ふは、は……!……はぁ。本当に手の焼ける合成種よ……」
「この大空に拝まれる前に、我が意志に相応しい器を見つけられていれば…、良かったのですが……」

地に転倒した巨体は口の中に土が混じりながらもたどたどしく言葉を発し続ける。

「この口を閉じてしまっては、あなた方と有益な交渉が…出来なくなりますよ……先程の反発具合では、その必要も…もはや無さそうです…ね……。……。……」

「な、何してんだ…!来るな、レイカッ!」

幼い少女をじっと見つめるレイカ。

「………」

レイカの見つめるその瞳には、何の生きる気力も努力も意志も感じない。虚無の目をしていた。

「決めた。レイカ、キミについてく」
「………」

「だって、キミが。悪魔を…レイカをつくってくれた、”ホンモノのまおーちゃん”なんでしょ?」

「!!!!???」

「じゃあ、素直に従わなきゃだよね」

「みんなも。もう、理解ってるよね?」