沈痛

「いつもの、でいいな……」
「はい。ありがとうございます」

カウンターの中で浮遊したまま、ユサに会計の確認を取るブルースカルのマスター。
ユサは対価として宝石をカウンターに置き終えて、品物を受け取ろうとしていた。
そこに店の裏手から出てきたクレシデアが愛想のいい声で首を突っ込んできた。

「マスター、それ一種類量足りてないんじゃな~い?ね、これこれ。って、王様のお気に入りの茶葉じゃない!」
「……あ」

「おねえさん、今ぱーっと取ってきてあげるわねぇ」

茶色の紙包みの中身が足りない事を確認したクレシデアは、
そう手短に伝えながら早足でカフェの裏手へと行ってしまった。
ユサは、クレシデアの背を手で追いかけたが、うまく断りを入れられずに視線ごと下ろしてしまう。
触れられたくないものに触れられてしまったような複雑な顔をして、カウンターテーブルの上に積まれた会計済みの包み紙を見つめた。

「足りない分こっちの袋に入れてあげたからねぇ。
あ、これはおまけで持ってっちゃって~。またいつでもど~ぞ~っ」

「……あの、少しお時間を頂いてもよろしいですか」
「ん~?いいわよ~」
「人の…手が黒く、焦げていく現象について……ご存知でしょうか……?」
「図書館でくまなく調べてはみたのですが…それらしきものは見つからなくて……
情報通のお二人でしたら、何か知っているのではと………」

「やぁだそんな情報通でもないわよ!この世界には不可思議な事が多いもの!それで!手に黒い焦げのようなものね……!そうねぇ~~……、腕にドクロ模様がわ~~って浮かんできちゃうアレとか?」
「その現象は、死霊術……死んだ者の怨念がこもっている。この地では、死者はいない」
「あらぁ?違うぅ?じゃあ…これとか」
「先の事例とは異なる……」
「……あの…!」
「なぁに?あっ!もしかして今のなかにあった!?」

「”死”って、何ですか?」

「「……」」

ユサを見たまま棒立ちになる二人。
不味いことを言ってしまったのか、体を硬直させたまま、ますます不安な表情になっていくユサ。
クレシデアは、低く落ち着いた声で説明しはじめた。

「この世界には無いものよ。最期を迎えて意識が離れた体が、いつまでもその場所に残る現象ね。大抵、体は腐敗していって、あんな感じの…骨…、
芯だけになるのよ。それも燃やして灰にしたり粉砕したり地面に埋めたりして処理をするわ」

ゆっくりと歩き出し、窓際や壁上の棚に置かれた骸骨や砕けた骨に近付くが、直視をしないクレシデア。
骸骨とは逆の向き、ドアの外が見える位置まで来て、入れ違うように左手に立ってから、右手を上げる。

「還った命が巡り巡って新しい器に入れられて生まれ変わる、なんていう言い伝えも、おねえさんのいた一部の地域ではあったわね。でも、それも人間には気の遠くなる……魔女や神様なんかがやっと生きている間に再び巡り会えるぐらい、長い長い時がかかるものじゃないか、って言われていたわ」
「……」

振り返り、一瞬ユサを見たクレシデア。突然叫んだのち、声色を変えた。

「…あー!あれはマスターの悪趣味な石のレプリカよっ!本物なんて飾れないわよ!」
「悪趣味とは何だ……」
「悪趣味よ~~!何か来そうでイヤイヤ!」

扉の方へ向かっていくユサ。

「いけない!話が逸れちゃった!まるで役に立てなくてごめんなさいね、おほほ…」
「いえ…!」
「さっき言ってた現象、もしかしてあっちで流行っているの?」城をバッグに
「事の次第では知り合いのまじない師を紹介出来るが……」

(誰にも言わないで…のシーンを思い浮かべるユサ)

「……何でも、ないんです。失礼します…!」

紙袋の束を抱きかかえて小走りで数歩駆けたのち、城の方へと飛び立っていった。

 

***

「あの子、いいの?」
「この地には、霊も、死者も、いない……。だが、生きている者全て、言葉には力が宿り、幸いも災いももたらす…」