沈痛

いつものように、就寝前に屋敷の見回りをしていたユサ。
薄暗い中、不審な物音を聞いて移動したユサは、灯りを照らした先を見て、目を見張った。

(秋良様……!!)

壁に手を、どころか体を擦り付けるようにして歩いている秋良の後ろ姿があった。
一定の間隔で出した足を揃えてはいるが、歩幅は小さく、僅かしか進んでいない。
今にも倒れそうな足取りの中、壁の角まで来ていたため壁から体の支えが無くなった。
ずる、と音がしそうなくらい、大きく体制が崩れる様を見てしまった。
その瞬間、灯りはユサの手から離れ、大きな破砕音を立てて地に打ち付けられた。

図体だけは逞しい青年の腕の下へ自分の体を滑り込ませたユサは必死に羽をばたつかせたが、重みに耐えられず、急激に落ちそうになった。
涙目になりながら肩を担ぎ、なんとか体勢を立て直してから、手を添えた。
そのとき、秋良の顔を覗き込んだが、その目は自分に気付いているのかいないのか定かではなく、担いでいるユサを引きずってでも前へと進めようとしていた。

(秋良様は、どうして、このような状態になってまで無理を……)

添えていた手に、力が入ってしまう。
きっと、自分には到底想像も付かない理由があって無理をしている事は承知している。
底の見えない闇の淵を歩く虚ろな姿を見て、支えることしか出来ない自分が情けなかった。
だが、泣き言だけは絶対に外に出したくなかった。
辛くて余裕のない中、自分の身勝手のせいで困らせたくないのだ。
詰まりそうな想いを胸に押し留め、歩みを共にした。

そうして長い時間をかけて屋敷の出口まで連れていき、強く握っていた手を離した。
やはり秋良は後ろを振り返りもせず、前へ、前へと歩いていく。

拭えない不安感を残したまま、主の後ろ姿が林の木々に紛れて見えなくなるまで、見送った。