末路

逃げるように廃墟を飛び出したユサ。
(秋良様……っ!)
どこもかしこも砕けて、変わってしまった魔界の街を走っていくその顔には恐怖の顔が浮かんでいた。
(あきら、さまっ……!)
(どこに、どこにおられるのですか……!)

(……っ!)

異様な飛沫模様と、瓦礫を覆うようにうなだれ倒れる悪魔の姿を見た。
(な、に、…が………起こっ…て……)

ガッ!と呻くと共に、その悪魔を踏みつけている狼男の姿。そして肩に担がれこちらを見る少女と合わせ4つの目がユサを見抜く。
「見つけましたよ。これで、最後ですかね……」

すこし遅れて狼男がこちらを見てそう言い、ノシッノシッと音を立てながらこちらにやって来る。
訳もわからず後退るユサ。近づく狼男。
狼男が振りかざそうとしたその時。

「ひゃっ!」
何者かに飛びかかられ転倒したユサ。「やったやった!先に見つけた!!」と馴染みのある声がして見上げた先には「レイ……カ…さん……?」
「ダァーーーリーーーン!!ねね!レイカ、ダーリンよりも先に見つけたよ!偉いでしょ褒めて褒めてぇ!」
「………」
「もう!黙り混んじゃって!」
「ユサっち立てる?」振り返られ手を出されたが……

肌は全身青紫色に染まり、爪やツノが大きく伸びて、黒く、禍々しい様子に変わってしまったレイカ。ユサはそのだらだらと黒いなにかが垂れる手を掴めずに、固まってしまっていた。

「えへへ!気づいたぁ?ねぇ!生まれ変わったレイカ、すぅ~~~っごくセクシーでしょ~っ!」
「ユサっちもオネガイしたらこうなれるかもよ?あっでもでも!一番カワイイのはレイカだからねっ!」
「…………あきら、さまは」
「んっ?」
「秋良様は……どこに……」

「死んだよ」

静かに目を見開いたユサに、一方的に話しかけるレイカ。

「ユサっち、知ってたよね?あきらちゃんはやっぱり、魔王じゃなかった。レイカ達は、最初から、ずっとずっと裏切られてたの」

「でも……」

「でも?ユサっちだって無理矢理従わされてて、辛かったでしょ?もう背負わなくていいんだよ。偽物の関係なんて、屈辱だったでしょ?弱いまおーちゃんなんてもう嫌でしょ?本物の強くてかっこいいまおーちゃんに会いたいでしょ?一緒に来てよ」

「秋良様は……まだ……」

パキンッ!
金属が割れる音がして、白く細い首から、いつの間にか焼け焦げくたびれた赤い首輪が落ちていった。

「死んで…なん、て……いません…」

もう満足に闇の力も出せず、くすぶりチリチリと黒い霧のように薄く霞む中、首輪を手に、割れた地面に手を付くユサ。真っ黒に淀んで見えなくなっていた。
あきらさまは……あきらさま……力の無い声でそう繰り返すユサに愛想をつかし、

「レイカもダーリンも、闇にやられちゃって瀕死になってるあきらちゃんを見たよ。今から駆けつけても、亡骸しかいないよ」

「レイカ、キミとは本当の姉妹になれるかなって思ってたのに。ざんねん」

くるりと後ろを向き去ろうと歩き出したレイカに、先程の狼男が声だけで引き留める。

「確かに。あの魔王は、誰一人にも継承せず、その業と名と共に葬られました……」

「ですが、よく見てご覧なさい、レイカ。あの目は一体何ですか?」

「………わぁ」

スタスタスタ、ダッと駆け出したレイカは再びユサに飛びかかる。今度は黒くほとばしる大きな爪を獲物に立てて。

「ユサっち!!その目、チョーダイ!!!」

辛うじて避けたものの、ごろごろと転げ回るユサ。
見開いた先には先ほどまでの剣呑なそれとは違う、渇望に溺れ苦しむレイカの姿があった。

「目!まおーちゃんとおんなじ目だよ!ずるい!ずるい!ずるいずるいずるい!ずるい!ずるいっ!ずるいっ!!それダーリンがすっごくすっごく欲しがってるんだよ!?」

気持ちが伝播したように、わずかに耐え難い顔をして何も言わず駆け出そうとするユサ。すかさずレイカの連撃が飛んできた。えぐられた地面から瓦礫が生まれ、すぐさま弾き飛んだ。土煙の中から、獰猛な獣の気を纏ったレイカが現れ、ゆっくりと歩みを進めて一歩、一歩と確実にユサへと近づいた。

「逃げないでよ」

「わたし…は、レイカさんと戦いたく……ありません」

揺らぐ声でそう発したそれは、抵抗する術を持たない小さな獣のようで、体は今にも憎悪の霧に包まれそうだが、心は決して屈しない、意志の強いユサ自身の言葉であった。

しかし、手からボロボロの首輪をひょいと爪に引っかけて掴み取るレイカ。そうしてニヤリと笑ってから服の、胸の中にストンと落とし、仕舞ってしまう。

「返してッ!!」

「これで、戦う理由が出来たね」

「ッ……!!!」

「本気でヤってみせてよ。ねぇ。キミのよく言ってた”忠誠”ってやつをレイカにも教えてよ。出来るものならレイカも知りたかった、なぁっ!!!」

闇の力の出ない箒を放り出すユサ。あっけなく真っ二つに切り裂かれてしまい、距離を詰めたレイカ。

「羨ましかった」
「弱いくせに何もできないくせに気にしてもらえる」
「カワイイキミが、ずるかった!」
「誰よりも一番先にに強い力を手にいれたのは、レイカだよ!」
「ならレイカが一番の悪魔でしょ!レイカを一番に見てよ!!すごいね!って褒めてよ!!」

「ッ!」

心の内を叫ぶことに必死になっていたレイカ。食いつかんばかりにユサに覆い被さっていたレイカの胸元から落ちた首輪を、ユサは見逃さなかった。

素早く掴んで逃げようとしたユサの足を、レイカが力で引き留め地面に押さえようとしたが、それはすぐに止まった。

ユサが掴んだ首輪は2つ、確かにその手に握られていた。

「……レイカさん。……本当の事を教えてください」

「秋良様の事、どう想っているのですか」

「!!」

「本当に秋良様を嫌いになってしまわれたなら、秋良様から頂いた首輪を、今も大事に持っているはずは、ないですよね……?」

「だって、だって…、本当のまおーちゃんじゃ、なかったんだもん…レイカをつくってくれたあの人間が…まおーちゃんじゃ、なかったんだもん……レイカ、一度は信じてみたのに、ずっと……嘘つかれてるって分かっちゃって、何が大事かわかんなくなっちゃって……だから、本当のまおーちゃんだったダーリンについたのに……レイカが悪者になっちゃったとしても……ユサっちやあきらちゃんのこと……わすれられなくて………どうしていいか、わかんなくなっちゃったんだもん…!!!」

「レイカさん。ありがとう…ございます……。捨てないでくれて……」

うなだれたまま力を失った悪魔は、力を得てなお泣き叫ぶ悪魔と共に、崩れ落ちた。
ひとしきり泣いてようやく、頭上から男の声がかかった。

「おやおや、困りましたね」

足を崩したまま、男を向くユサ。

「申し訳ありません。感動の和解の最中に水を差してしまいました…」
「身構える必要はありませんよ、魔王の残滓を掬いし者。私は貴女方を心より歓迎します」

警戒を解く言葉をかけてもなお、睨み付けるユサ。一方レイカは目に涙をうるませたまま、嬉しそうな顔をした。それは、姉妹たるユサと運命を共に出来ることを心の底から喜んでいる顔だった。

「私は……あの方の他に服従など、絶対に致しません……」

「次の主人が誰か、理解していない様ですね」

たっぷりと時間をかけてユサを見下していたが、ふ、と笑ったのか嘲笑ったのか判断しかねる表情をしたのち男は振り返った。

「終わりを告げる者、ヘル。その役目を無事果たし終えることが出来そうです」

声を張り上げて、天を仰いだ。

「さァ!全ては今!終わりへと導かれる……!」

「次の舞台へ、参りましょう」

そう言って、ユサとレイカに立つよう促す。

「再び幕が上がる日を楽しみにしていますよ、神々(創造主)を忘れし哀れな空想人物達」