涼春のいない空想世界


もしも女神が完全な力を持ったまま魔王と再会してしまったら。


 

 

*1

視界の端で、瓦礫が弾け飛ぶ。
町は崩され、城はえぐらた。
魔界に住む住民達も、城を守っていた従者達も皆地に伏せ、満身創痍。
空想世界中を脅かし空の頂点に君臨していたあの魔王でさえ、
その薄暗い地に転がされてしまっていたのだ。
期待も空しく、この異常事態に立ち上がろうとする影すらも無い。

一体誰ならば、こんな惨劇が出来ようか……。
瓦礫の上で、乾いた笑い声をあげる。
そうだ。
……こんな、乱暴に力を振りかざす事の出来る存在は、君しかいないじゃないか。

「やあね。こんなに壊すつもりじゃなかったのよ」

君は、少しだけ申し訳なさそうな顔をしながら僕に近づき、見下ろした。
ボロボロに破けた端が黒ずんだワンピース、荒々しくたなびくほど長い水色の髪。
片方だけ携えた……白く輝く翼。
それを見上げる僕。
いつだったかの地で感じた、陽の光に温められたようなぬるい風が吹く。
あれ程君の幸せを祈ったのに。
次に会う時は君を消すしかないと心に決めていたのに。
決意は投げ出された腕と共に打ち砕かれてしまった。
なのに、僕の鼓動は止まる事なく高鳴っていく。
懐かしい君の声を、聞いたからだろうか。

「ただいまっ」

帰って来てしまった。
創造神が…空想世界(この世界)に……。

 

 

再会した女神と魔王との談笑。

*2

「ねえ魔王。どうして秋良はこんな所に住んでいるの?」
「……どこで見かけたんだい?魔王城にはあまり出入りしなかったはずだが」
「城の近くにある屋敷よ。入って行くところを見かけたの」
「……なるほど。あれは、僕の支配下に置いたんだ。ならばこの地に住まわせるほうが都合もいいだろう」
「ふうん?」

以前よりも広々とした魔王城は、行き交う従者が減ってしまった。が、誤差だろう。
そもそも偽りの魔王である僕にしてみたら、従者である悪魔達は伏兵。
身の回りに潜んでいた敵の目が減ったのだ。

「にしても笑っちゃうわ。『僕のお姫様にならないか』って…他に止める方法はなかったの?」
「……」
「それで口説いたつもり?『姫は嫌、王女にして』それで折れるぅ?あはははははっ」

(君の破壊行動を抑えるために致し方なかったんだ。他の方法を思いつかなかった僕を許してくれ。)

あの後君は、魔王である僕から求婚された。
「瓦礫に住む趣味はないのよ」と可愛げのある困り顔を見せて腕を振るい、
激しい轟音と地鳴りと共に瓦礫の山を元の城と城下町の姿へと戻してしまった。
まるで可愛くない。
あれだけ派手に荒らし回って壊したのに……、直すのは一瞬か……。
思わず身震いしてしまいそうな程に、強靭な力を持った君は。
背丈こそほんの少し伸びたといえどさほど以前と変わらない様子に見えた。
変わった事といえば、その受け答えから僅かに滲み出る、大人びた雰囲気だろうか。

「まだ笑うのかい?」
「あはは…っ……はあ。えぇでも。随分前に話した時よりも、ずっと面白いやつになったわね。魔王」
「……君は、相変わらずだな」
「そー?よく言われるわ。実際、そんなに以前と変わらないものね」

一歩前に出た君。その身は吸い込まれるような純黒のドレスに包まれている。
その黒は、美しく輝く白い翼とは対照的だった。

「悪の王女。今の私にぴったりじゃない?」
「そう…かもね?」
「どうして疑問形なのよ。もっとしっかりしなさい。
そんな風になよっとしてたら、あなたなんて、残党悪魔達に食われちゃうわよ」
「それは困るな。うん」

もうすぐ、披露宴が始まる。
魔界の住民達はこれを見て何を想うのだろう。
まあ。素直に受け入れなくとも、強制的に受け入れさせればいい話か。

「これは脅威だ。闇に潜む者達さえも恐怖に陥れ、全空想世界を震え上がらせて見せよう」
「あら頼もしい」

腕を組み、歩き出す二人。
未だ君を利用しなければ生きられない僕の影と、何も知らないまま生かされている君の影。
長く続く廊下に、その黒い形が引き伸ばされ、映された。

たった一人で悪を演じていた、罪深い僕が。
今度は、君と共に。
空想世界中を脅かす存在になるんだ。

(頼もしいのは、君さ。……この口からは決して言えないな)

偽りの王と、悪の女王の、形だけの歪んだ愛が始まった。

 

 

破壊神、火の島へ送り出される。

*3

「逆らったやつはぶっ壊してあげるから!」

そんな物騒な挨拶から始まった、空想世界最高権力者魔王と空想世界創造神の
ツートップを祝う恐怖の披露宴はつつがなく終了した。
のだが…。

どこから煙が出たのか、魔王の新しい王女様の形相を恐れた住民達から
「破壊神」という通り名が付けられてしまった。
終始、君が暴れないか(体裁としては僕の方が身分は上なんだ、
魔王の威厳を保つためにも)睨み合っていたのが功を奏したのか宴中は何事も起こさず(そして起こらず)、
内心ほっとしていたというのに。
やれやれ、破壊神、か。
さすがの僕でもそれは擁護できないな……。

事実、君は「創造神」と呼ばれていたあの頃から空想世界中を創っては壊していたし、
君の話を聞くに、君が目覚めた場所からここ(魔界)にたどり着くまでにも
その強靭な力を振り回し荒らしながらやって来たらしい。
どうりでこのところ、空想世界の各地から魔王宛てに損傷損失の苦情が数多く寄せられていたのか、
その原因が嫌という程分かったよ。
困った僕は君を城の中に閉じ込めるように部屋を用意し、
よく寝かしつけるよう従者見習いである星霊に言伝をした。
大抵、夜明けと共に細切れになった姿で発見されるのだが…。
起床した彼女に元通りに直してもらうので問題はない。
これが魔王の改造種である悪魔だったらそうはいかないから、
数の減った悪魔達には部屋に近づかないよう、きつく忠告していた。

「私を火の島に?どうして?」
「分からないかい?君の寝相が悪いせいで毎晩従者が『夜が怖い』と嘆いているんだよ」
「失礼ね。寝相はいいのよ。ただ、ちょっと…体を動かすのに付き合ってもらってるだけっ」

そう言いながら、黒い天蓋付きのベッドから軽々と飛び降りる君。
その様子からも力が有り余っているのは目に見えていた。

「でも、いいわね。あそこは飛び回るのにちょうどいい広さなのよね」
「飛び回る?その翼で何を言ってるんだい?」
「あら…。そうだったっけ」

覚えて…いないのか。
僕が魔王に引き入れられたあの惨劇は、君をその不完全な姿に変えてしまった要因でもある。
一生恨まれてもおかしくはない。あれだけの力量差なら前触れも無しに消しとばされていたはずだ。
なのに再会の時、君は何の警戒もなく魔王に近づいたし求婚も受け入れた。
という事は、やはり、そうなるか…。
(君はあの一連の出来事を覚えてないのだろう。)
体を捻り出した君を見て一旦断定した後、目を向ける。

「じゃあ、明日の昼に向かうね。数日滞在しようかしら」
「ああそうだ、行くなら火の神にも挨拶をしておいてくれないか。
君がいない間、秋良が色々と世話になったからね」
「んー。消す前に挨拶できたら。しておいてあげるわ、魔王」

夜。君が寝入ったのを確認してから、慌てて魔界の屋敷に戻った。
火の神宛ての専用の便箋と手紙を取り出して来て、
『嵐が来る。十分気をつけて』
そう書いて送る他、僕に成す術はなかった。

 

 

君と僕との、嵐のような日々。

*4

火の島から帰って来た日の夜。君はよく眠っていた。
上陸早々に島中を荒しまわっているのでは、と冷や汗をかいていたのだが、予想は大幅にずれた。
「先に火の神に挨拶をしに行った」と言うから驚きだ。
拍子抜けをしている間に例の神から屋敷へ手紙が届いていた。
「嵐とは……あの小娘のことじゃったか!はっはっは!!」
そう、情けない弟子を大袈裟に笑い飛ばす光景が目に浮かんだ。
後は向こうで破天荒に駆け回る君の事や、たわいもない世間話が書かれてあった。
そして、文末は簡単な挨拶で締めくくられていて、その下に小さく添えられた一文を見た。
「末長く幸せにな」
丁寧に封筒に仕舞った。
そんなつもりは、ない。
無理矢理な方法で引き止めただけだ。
いつまで続けるか、分からない。
体だって、もう、保たなくなってきた。
先立つ末路しか想像ができないのに、末長く、だなんて。
絵空事に終わるしかないんだ。
けれど、こんな危機的な状況の中で、安堵し始めた自分もいて…。

そんな事を考えているうちに、君の眠る部屋まで辿り着いていた。
ずっと、避けていたはずなのに、巡り巡って辿り着いてしまうのは、もはや運命か。
建て付けの悪くなった扉を覆うように、影を忍ばせて錠をかけてから。
身に纏っていた影を解いた。

音を立てずにベッドに腰掛けて、手のひらで水色の髪を掬う。
もう少し無慈悲で、人を物のように扱う性格だったと記憶していたはずだが。
こんなにも、成長した君に再会するとは、思ってもいなかったよ。
危なっかしくて、でも頼もしい。
君を見ているだけで、湧いてくる何かが心の内で満たされそうになる。
掬っていた髪をさらりと落とした。
溺れるのは、闇の中だけでいい。
立ち上がろうか、もう少しいようか、考えあぐねて君の顔を見つめていたその時だった。

「あ……きら………」

不意打ち。
君はまだすやすや、と眠っている。
やめてくれよ、体にも悪い。
飛び出しそうな本音を心の中に無理矢理押し込んだ。

「おやすみ。いい夢を」

僕の体は、再び影に包まれた。

 

 

*5

火花を散らしていた。
僕が君に「次は樹氷の湖へ行ってくれ」と伝えたからだ。

「どうしてまた出て行かなきゃいけないの。というかどこ、そこ」
「……理由は分かるだろう?以前、蒼林の湖と呼ばれていた場所だ。
内部の生存競争が加速してしまって環境そのものも変わってしまったんだ。
だがそれが、どうにも嫌な気で満たされているようでね、誰も近づけられなくなっているんだ。
君に適任だろう?」
「…ま、私一人いれば事足りるって思ったわけね?そうよ」
「ああ。理解が早くて助かるよ。…これを着ていくといい。向こうはひどい寒さだ」
「いらない。私はこれさえあれば十分っ」

そう言って、ボロボロのワンピースを手に取る。
はあ、ここまでの地位を手にいれたというのに手持ちの所持品が貧相なままなのは何故だろう。
君が好きそうな衣装はたくさん揃えたし、その服だって君ならば一瞬で直してしまえるのに。

「好きにするといい」

翌日、昼間に出かけた君は日没と共に帰って来た。
早すぎる。本当に行って来たのか、と尋ねたら。

「んー、面倒だったから全部消しとばした」

「全…部…だと……?」

「あそこは湖が綺麗だったから、水を全部抜いて綺麗にして……
やっぱり鬱蒼とした林がいけなかったのかしら、消しとばしたら皆狂気の目をしていたわ。
ま、これで前よりも見通しもよくなったし、新しい神を作っておいてきたから。
文句はないでしょ?」

そう、見据えながら蒼に染まる石を見せる君。
狂気の目をした住民達がいたというのは、君が消し飛ばした事に激怒しているからではないか。
本当に行って来たようだし、文句はないが…。
悪の王女らしくご都合よく語るその景色はもはや。
何の名もない、ただの湖だろう……。

全く、君がいると退屈しない。
しばらくすれば掻き立てられた波紋が苦情となって、この城にまでに届くだろう。
呆れるように笑った。

 

 

*6

皆が寝静まった夜。
屋敷の中で眠る秋良。
足音がする。
近づく足音。
二足歩行。
僅かな足音が、玄関、1階、2階、3階へと近付く。
足音の主はドアを開け、数歩進んで、そおっと、手を伸ばす。
僕はその手を勢いよく掴む。
口だけは努めて冷静に動かした。

「何を、している」

その顔を見て、はっ、とした。
力を込めた手を離した。

「………君、か」
「…………」
「…眠れ、なかったのかい?」

コク、と小さくうなずく君。

「ならば、魔王の所に行くべきじゃないかな…?どうして僕の元に来てしまったんだ?」

「………」

「…困ったな。僕では、何もしてあげられないよ」

「……」

「……仕方ない。ここで待っていて、温かい飲み物でも用意…」

ぎゅ。
君は僕の服の裾を掴んだ。
ほんの僅かな時間だった。
けれど。
時が、止まったような感覚がする。

「どこにも行かないで……」
「……いつもの君らしくないな。うん」
「……」
「用意するから、おいで」

「悪魔は…?」
「いないよ。君があれだけ荒らし回ったせいでね…」
「………」
「冗談だよ。元々この屋敷には僕しか住んでいないんだ。
住み込みで世話をさせても良かったけれどね…何となく、寂しさを覚えてね。やめたよ」
「……そう」

「いつまで掴んでいるのかな。ほら、出来たよ」

温めた飲み物をテーブルの上に用意する。

「魔王の時は優しくないのに……」

「それはそうだよ。優しく出来るわけないだろう」

俯いた君を見て、目を見張った。

「今……、何て言った?」
「”魔王の時”は優しくないのに」

今度は僕が目頭に手を当てて俯いた。

「分かるよ。だって、秋良は秋良だもん」
「まさか。いや。…そんな」
「…えへへ。ずっとこうやって、あなたとお話ししたかったの」
「いつから、気付いていた?」

「最初から?うん…と、再開したときから。全部」
「…道理で君が警戒なく話しかけたわけだ」
「ううん…?あーそっか。秋良だって、分からなきゃ近づくのはおかしいかも?」

「近づいてもいい?」
「今更だな」
「えへへっ。あーきらっ」

突然抱き付いた。
思いもしない行動だったが、避ける気は起きなかった。

「秋良、大好きだよ」

君の中の、どこを捻ったらそんな言葉が出てくるんだ…。

「秋良、困ってる」

当たり前だろう。こんな急に、言われても。

「図星ね。嬉しい」

君と僕を繋ぐ、その感情は。
好き、嫌い、等という好感だけの言葉で決めつけられるほど容易くないのだ。
既存の枠組みに当てはめられないくらい壮大に絡み合い、互いに引き寄せあっていた。

「秋良、秋良っ」

嬉しそうなその顔は、肩に腕を回したまま僕の顔を覗き込んだ。

「私の名前、呼んで?」

「知らないよ」
「でしょう?ふふ………」

どうして。

「……っ……うっ……」

どうして、泣くんだい?
さっきまであんなに嬉しそうにしていたじゃないか。
何だか様子が変だ。いや、先程からずっと思っていた。何かがおかしい。
伝わったのか。泣き付く君は、口を開いた。

「あのね。私ね」

「あなたの知っている、空想世界とは、別の世界の。ずっとずっと、先から来たの」

きつく抱き締めたまま、言う。

「あなたに、もう一度会いたかった」

 

 

*7

「こんなに、大きくなったのね」

「最初は、ただ背が高いだけのイケメンだったのに。
肩幅も広くなったし胸板もこんなに…うわ、思った以上にすごい…」

「あなたの優しい声がとても好き。一度も人を怒ったことのない、温かみのある声なのよ」

「この髪色はずっと変わらないわね。目だって、特に拘ってあげたのよ。
あなたの目、いつも射抜くような目になっているか確認しちゃうの」

「心。誰よりも優しくて何でも背負う。男前だけれど内気。一人で抱えないで欲しいわ。」

椅子に座ったまま、何も出来ずにべたべたと触られている。

「だからなんなんだい?」
「自己評価が低くない?あなたの全てを褒めてるのよ」
「……よく分からないな」

「ずっとずっと先の、私のいた世界ではね。秋良だけが消えてしまったの。
皆は生きているのに、秋良だけが息をしていないの」

「私は悲しかった。生涯ずっと一緒にいることは無理だろうけれど、
それでも、一番最初にいなくなるのは、涼春だと、思っていたから。
誰よりも先に、あなたが消えてしまってすごくすごく悲しんだ」

「感謝の気持ちも、誉め言葉も、何も伝えられていなかったのが、とても嫌だったの。
だから、言わせて。秋良も、私の大事な人よ。いつもけなしてしまって、ごめんなさい。
あなたも、私に好きにしてと言わんばかりに動き回る人だったから……。
けどそれは、私に好きなようにしていてほしいっていう、お手本だったのね。
それ以外の事は文句ひとつ言わずに何でもこなしてしまう、本当に優しい人だったわ」

「だけど、全部背負わないで欲しかった。この数ヵ月間、あなたの話ばかり考えて、作っていたわ。
色々なお話の中で、あなたが主役で、あなたの心の内を、ずっと、探していたの。
本当はどう思っているの?って。そしたらあなた、どのお話の中でも苦しいものを全部背負おうとして、
消えていくんだもの。……どうして。どうして頼ってくれなかったの?言って、くれなかったの?
皆、上手く伝えられないだけで、本当はあなたの事が大好きなのよ。
助けてあげたいと、思っているのよ。ねえ、あなたは、」

「僕は。君に……」

「君に、救われているんだ。罪を背負ってもなお…」

「違う!」

「あなたのそれは、あなたのせいじゃない!私が、私がそう想ってしまうせい!
あなたは悪くないよ。悪くないのよ、秋良……っ」

「悪者にならないで。自分を追い詰めないで。もっと、もっと楽しいことたくさん見せてあげるから。
どうか、笑っていて……」

「君の愛は、大きいな」

「…っ………おお、きいよ?今まで直接あげられなかった分。今。たくさん、あげているの」

「そうか」

静寂。
君は切り裂くように言う。

「元の世界に、帰らなきゃ」

「ずっとはいられない。あなたを連れていくことは、できない」

「あなたを悲しみの中に閉じ込めたまま、終わらせたくはないわ。だから」

「”魔王の名を、剥奪します”」

「私がいない世界も、魔王がいない世界も、どちらも長く生きられないなら、いっそ全部消してしまうわ」

「これなら、悲しまずに済むでしょう?」

「……相変わらず強引だな、君は」

「えへへ。これでこそ神様。ってね?」

「秋良、笑って。私も、悲しいときはたくさん泣いて、たくさん笑うから。
あなたがくれた笑顔。ずっと忘れないから」

「また、私がたくさん笑えるようになって。安心したら。私達のところに帰って来てね」

「今の君でも出来ない事を、僕に押し付けるのかい?」

「あなたなら、出来るでしょ?」

「御安い御用だよ。僕の………」

「うふふ!そうこなくっちゃ」

「今度会うときはちゃんと名前で呼んでよねっ!…ばいばい、秋良。また会う日まで…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付かなきゃ良かった。
あの世界は秋良だけが生きてるんだ。
他の皆はもう、消えたのに。
あなただけはしぶとく息をしていて、生きている世界だ。
そんな夢のような世界、あるわけないのに。
あなただけが消えてしまった世界から、あの世界へ、やって来てしまう。

それすら真ではないけれど、今の私が一番見たい夢の世界だ。
秋良、あなたに会いたいよ。
一度も怒ったことのない、優しい声をもう一度聞きたいよ。
今更だけど、大好きなの。
もう一度だけ、もう一度だけ。
私を夢の世界に連れていってよ

こうやって、気付いてしまう度に、私は壊したくなってしまう。
消したくなってしまう。
何もかも無くなったら。
すっきりするし、悲しまなくて…いいでしょ?
でも壊すほど作ってないんだよね どうしようもないよ。本当。