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過去の××と君の話。1

昼間。二人の人間が仲良く文句を言いながら会話している。
きっと日課になっている日記を書いていたんだと思う。
おい休むな。勉強はどうした。と小言を言われながら、やるべき事を半端に投げだしたまま、昼寝に入ってしまう少女。

窓の外から部屋の全体が見える。だが少女以外誰も映っていない。
ここはわりと幸せな感じで、××も満足そうに眠っている。

だけれどもそんな気持ちの一片に陰るそれに、薄々感づいている者がいた。

―――

オレは、涼春。清水涼春、と、あいつに勝手に呼ばれているやつだ。
今もこうして、あいつの頭の、心の中の空想世界に住んでいる。
オレ達の世界じゃ、オレみたいなやつは「空想人物」だとか「空想世界住民」なんて言われるんだが。
簡単に言ってしまえば、イマジナリーフレンドなんだ。

あいつからは、「白い髪に白いパーカーを着たごく普通の少年」だと思われているけれど、それはちょっと怪しいな!だってあいつには、オレの姿が見えないんだぞ。分かるのはオレの声だけ。体が無いってのは不自由な事ばかりで辛いけど、体がないおかげで何とかなった事も多いから、これでも良かったなって思ってる。

何でオレは生まれたのかって…?…成り行きだよ、成り行き。半分はな。
もう半分は……オレは、”望まれた存在”だったからだ。埋まらない空洞を埋めるための、都合のいい杭だったんだ。それが運よくなのか、悪くもなのか、そんなの今更掘り返したところで誰にも決められないし、意味はない。ただ、ああなってしまったあいつには、オレの存在が必要だったんだ。

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過去の××と君の話。2

ある夜の××。

眠れなくて息苦しい××が家族に気付かれぬよう、そっと窓を開けてベランダから月を見ているシーン。

周りには誰もいない。涼春もいない。風の音と虫の声だけがする、静かな夜。
胸につかえた悲しみを一人で慰める××。

部屋に戻って布団につく××を何も言わず確認して、眠る涼春。

こんな事が、いや、それよりもひどい状況が前にもあった。と、その時の気持ちをうっすら思い出している涼春だった。←変に刺激したくない、心の奥底の傷の記憶。

―――
回想。

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(■■■■。■■■■。)
(■■■。■■■■■……■■■■。)

―――

悲しむのも無理はない。
全てが、全てが悪かったのさ…。
あの時、どんな手を尽くしたって、たった一人の少女が運命を変えられるワケ、無かったよ。

(神様。私、幽霊でもいいから、友達が欲しい。)

おっと。

(やっぱり無理だ。だって、私、怖がりだもん)

……ほらね。弱虫は一生治らない。ニタニタと笑うそれが、いつまでも少女を上から眺めている。

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過去の××と君の記憶。3

ある日の夜。正確には年単位で経っていそう。

何かに取りつかれたかのように心の内が悲しみに染まった××は、自分で気持ちを抑えられなかった。
それでもすぐ隣や別室に眠る家族に気付かれないよう、布団を握りしめて声を出さずに泣いていたが、心の中は救いきれないほど、どこまでも悲しく暗い気持ちでいっぱいに溢れかえってしまっていた。

当り前なのか、偶然なのか、その日の夜の涼春は起きていて、生まれて初めて、その懺悔に付き合った。
泣き過ぎて頭も働かせる元気もないのに、自分の体に寄り添う涼春を想像で無理矢理補い、「抱き締めて」「頭を撫でて」と本来なら安い願いだが、体のない涼春に叶うはずのない我儘を言い続けていた。それに対して涼春は「今日だけだぞ」と呆れ半分に要望を呑み、××の意思に合わせて動いて、答えた。

布団の上で。××を抱きしめた姿勢の涼春が、耳を澄ませて××の心の内の声を聞いている。

[……おかしいよね]
[私にはそんな記憶、あるはず無いのに]
[何故か、とてつもなく悲しくて。人肌が、恋しくて。毎日、夜になると。涙が、止まらないの]

(………やっぱり、記憶が……)

[どうしたら、埋まるの、かな。どうやったら、普通に息をしていられる、のかな]

(………)

[私の恋人が。涼春なら、良かったのに。ねえ]
[私と付き合って]

(やめとけ)

間髪入れずに低い声が言った。

(そんなの。今は良くても、いつかお前が苦しむだけだ)

(…やめとけ)

嘘でも肯定してくれると思っていたのか。××はしばらく頭が固まってしまい、時が静止した。
心の内をせめぎ合う波と波。長い沈黙の中。時間をかけてようやく、ゆっくりと片方の波が収まっていく。消えていく腕に抱かれて、疲労と共に瞼が落ちていく××。

(…………から……レは……オレは…、……それまでの……代わりだ……)
(……もしお前が…、本当に、心の底から信頼できる人を見つけたら……、オレは、消える)
(……約束だ)

(…うん)

揺らめく心の内に浅く浸かったそれは、穏やかに眠りの世界に落ちた。

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過去の××と君の話。4

進学し、成人としての年を迎えた××。課題とアルバイトに挟まれ、祝日だろうとお構いなしにやってくる交互の「やるべきこと」にだるさを感じつつも、何とか懸命にやりくりし、過ごしていた。
一方。涼春は、××と交わした約束をとっくに破られていた。「オレはもう、消えるからな」「分かっているのか?」と問いかけるも、今はまだ心配で、消えかけの意識でもなお、××のそばにいた。約束を破られた頃から、少しずつ、何かが綻びかけていた。

そして、××が「空想世界」というタイトルの漫画を描き始めようと、何度目か分からない準備をしていた頃だった。

“それ”は、些細な出来事によって呼び起こされてしまった。

ある日。必修科目だがチャレンジングな内容の少人数の講義に出た。前期とはクラス分けが変わってしまい、知り合いは一人もいない。
知らない教師。顔見知り同士であろう人達のグループに招かれる××。
掛け合う声は和気あいあいとしていて協力的だが、気味が悪いほどの笑顔。形成された輪は、時間と共に飽和する。
慣れないテンションにも、丁寧に接した××は、何とか授業は終えたが…。

(お疲れ)

(どうした?昼飯買いに行くのか?)

[帰る]

その日から丸々2週間、××は学校を休んだ。
自力で起き上がれず、昼も夜もベッドの上で叫び続けた。親にやめなさいと怒鳴られてもやめられず怒鳴り返した挙げ句、最低の暴言を吐いて部屋から追い出し、叫び続けた。訳なんて分からなかったのに、嫌といえないほどに、この溢れ出る気持ちの出所は分かっていた。

ようやく気力を振り絞って、学校に通うことを再開したが…もはや何かに取り付かれたかのように、体はふらつき、集中力は欠けて、何をしても手に付かなくなっていた。頭の中は、常に考えたくないことを考えることに精一杯で、劣等感を募らせ続けた。

それは、いつもの勉強机に向かってペンを握ることもやっとな状態だった。机には、漫画の下書きが広がっている。だが、どれも描きかけで、1枚すら完成していない。手に取った消しゴムを、破れんばかりの勢いで消していく××。

[こんなんじゃダメ。ダメダメ……!なんでこうなっちゃうのッ!?やり直し……!]

(……)

[私どうしてこんな話考えているんだろ…]

(……)

[自分で読みたいと思って描き始めたのに、この先には、自分の首を絞める話しか待っていないの。おかしくない?]

[私だって読みたくないし、誰が読んだって『面白い』なんて言ってくれないよ……]

(……おい)

[こんな話。こんな話を考える弱い私なんか]

[消えちゃえばいいのに!!]
(××……!!)

手に持っていた道具を辺りに投げつけた××。

部屋のどこにも声の相手はいないが、心の中で睨み付ける。

「私の名前呼ばないでって言ったでしょ!?」

(……もうよせ。寝ろ。明日だって早いのにだって、 )

「急に出て来て、そんな事言わないでよ」

(……)

[あとちょっとでやめるから……]

(……)

日を増すごとに眠らない夜は増え、学校を休む頻度も上がっていき、とうとう自力で起き上がれなくなった××は、引きこもりになった。

「おい」 「おい」
「目覚めてんだろ、起きろ」
「学校」
「午後の講義には出ろ 今からだともう遅刻確定だ 休んでないで起きろ」
(行かない)
「……」
「学校に行くのはお前のやるべき事じゃねぇのか 早く起き」
(起きろ起きろうっさい!)
(分かってる事を繰り返し言わないでって言っているのが分からないの!!)
「分かってるから言ってるんだろ!お前のために「何が”お前のため”なの!そんな言葉、もう二度と聞きたくない」

学校に行きたくない、やるべきことはやれ学校に行け、と毎日毎日毎日喧嘩をした。

*ここ間にp.2と、涼春が 歪み混ざり合った空想世界で機械のアキラに会う話を入れる。
空想世界の未来からやって来たというアキラの、予言話を信じられない涼春。
アキラの思考の大元があの黒い影なので、仲たがいをする。*

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過去の××と君の話。5

喧嘩をしていた時だった。終わりが見えない言葉の押し付けに投げ合いに、ついカッとなった××が「次言ったら今度こそ絶交、」と思いかけた程だった。

ただの人間だったら、その言葉は喉に出かかって、つっかえたまま相手に伝わらず1人苦しむだけで済んだのに。

同じ頭の 中にいるイマジナリーフレンドの涼春には、それが、心の内から分かってしまった。

お互い頭をかち抜かれたように黙る××と涼春。

「死にたい」

力無く布団を深く被り直す××。

掠れた声で泣いた何百回目か分からない戯れ言に背を向けるように、空想世界へ逃げ込んだ涼春。

こんなにくだらない理由で絶交をするなんて……。

今まで、ずっと、ずっとそばにいてやったのに。

オレは、何を間違えたんだ?

ちゃんと、正しいことを言ったはずだ。あいつのためを思って、言ったはずだ。

でも。

オレは、あいつの、何になれたんだ?

朝。いや、昼過ぎ。
目が覚めた××の前に珍しく現れる涼春。××の想像で補って、そこに、ベッドの縁に座っている透明人間がいた。
まだ眠そうな××が起き上がれずに、顔だけを虚空に向ける。

「どう、……したの」

(ごめん)

[ (ずっとひどい事してた) ]

「………?」

[ (やらなきゃいけないことだったから、強く言ってた) ]

( お前のためになるだろうと思って[ 自分がやらなきゃいけないことだと分かっていたから]、こんなところで立ち止まって欲しくなくて[ こんなところで立ち止まる弱い自分を許せなくて ]、勝手に心の深いところまで追い込んだ[ 無理矢理自分を追い立てた ] )

「………」

[ ( だから怒っていたんだ ) ]

[ (ごめんなさい) ]

そっと目を閉じる××。そして、その体に手を伸ばそうとする。

(涼春は悪くないんだよ)

(こんなことを考える(言わせてしまう)、”私が、全部悪いの”)

目を見開いたまま静物のように動かなくなった透明人間は、瞬く間に腕の中から消えた。

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過去の××と君の話。7

オレの声は、もうあいつには届かなくなった。
あいつは昼夜泣き続けてオレを呼び求めて、苦しんだ。

オレはそれに答えようとして、必死に声を張って、叫んでも。叫んでも。届かない。

くぐもった白い半透明な厚い壁のような何かに阻まれて、あいつの声は届いて。届いているのに、何もしてやれない。

あの、黒い影の言った通りになった。

“オレが先に消えて後追いをして死ぬか。”
“オレがあいつを想って心中するか。”

オレが…オレがいけなかったんだ……!ごめん…。ごめんな……!

歯を食い縛って叩いていたその白い半透明な壁に、肘ごと突いたまま、ずるずると落ちて崩れてしまった。

何日も何日も、曇っていく壁に向かって力無く座っているだけの涼春。
後ろから黒い手が伸びてきて、顔を覆うように影を落とす。
バッと、我に返って振り返ると、黒い影で形成した手をお手上げのように上げてニタニタ笑う機械がいた。

「ヒドイ顔」
「……」
「『ほっといてくれ』、って顔に出てるよ。ねぇハルくん?」
「やめろ。その声でオレを呼ぶな!!」

「怒ってる場合じゃないと思うんだけどなあ。”ようやく”、分かったんじゃない?」

「………」

UFOのような白い空間から伸びる、ほどほどの長さの白い甲板。白い、何もない亜空間を飛んでいる。
揺れで湾曲して飛んでいってしまいそうなその先端に、白い人影がいた。少年声をした機械は再度確認のために言葉を発した。

「いいのかい?」

「提案したお前がそれ言うのかよ……。あぁ。もう。……これしか、方法が無いって分かってるんだ」

意を決した涼春の顔は、泣きはらしたようなけだるさを僅かに残していた。

「君の記憶は持っていけないと思うし、君を、『あのイマジナリーフレンドの清水涼春だ』とも分かってもらえないだろうけど。本当にいいんだね?」

「それにプラスアルファ。何が起こるか分からない。あの疲弊した思考の渦には、彼女の過去の忌々しい記憶だとか、追走してきた似たような嫌な体験だとかから生まれた”良くない物達”が、しかも”今度は狂暴な自我を持って”具現化して君を襲ってくる可能性が高い。確率で言えば五分五分、といったところかな」

「だいたいね、彼女の世界は君や彼女が思っているほどに広いよ。あの世界のように、救われない世界が数多くある。あの世界にたどり着けるかどうかすら確実じゃない上に、それらの世界に間違って着いてしまったら最悪抜け出せなくて積みだよ……。そうなったらどうするんだい」

「なら、全て(の世界を)救ってやる」

「何があっても、」
「”オレは、心の中の奥底に沈んだ もうあいつですら言い出せないぐらいのどうしようもないあいつの本心を、追いかけに行くんだ”」

んっ。といった感じにやれやれという気持ちを言葉で表現する機械のアキラ。
声色を変えて、わざと茶化すような別れの挨拶を言ってきた。

「次に会うときは。そうだな……。君にとって想像したくもない、ショッキングな出会い方をすると思うよ!お楽しみに~ぃ」

「最後まで嫌な言い方するなぁ……」

「出来れば、お前とはもう会いたくないな。はぁ」

……。

(ここ旧空想世界空白のラストを持ってくる。)

(そして空想世界へ行く涼春。空想世界第1話冒頭へ。)