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青い青い世界…。どこまでも広がっている青。
それは一筋の光も通さず、全てを飲み込むような深い闇。

体全体にずしりと重みがかかり体が思うように動かない…。
ゆっくり、ゆっくりと、底へと沈んでいく。

ここは…どこなんだ?

いつもの、のんきな空はどこにもない。
どんよりとした青が辺り一面に広がっている。
例えるなら、暗い海の底みたいだ。
ふと、目の前を黒が覆い尽くす。
人の影のようなものが、ぼんやりと視界に移る。
突然、黒い影に襲われる。
うっ………ああっ……い、息が…できない…苦しい…。
何だ、この変な感覚は…。体の中に、何が入っていくような感じは…。

しばらくして、やっと解放された。だが、体にかかる重みは消えない。
急に辺りが白くなっていく。黒い影があっさりと離れていく。
待て……待ってくれ…、まだ…話が……。
ダメだ…。意識が遠退いていく…。

「…また会おう」

アイツは最後に、そう言って消えていった。

―第5話―

……ううっ…あれ…?ここは…?

いつもの変わりない空が部屋の窓から顔をのぞかせていた。
さっきの青は、さっきの黒い影はどこへいった…?
…あぁ、そうか、夢か。
にしても、ずいぶんぼんやりとした夢だったな…。

ドン…ドンドンッ!

突然、玄関のドアを叩く音が部屋中に響く。
オレはパジャマのまま、お客を出迎える。
こんな朝早くに人様の家に押し入ろうとするのは一人しかいない。

「何だ?こんな朝早くから…ふぁぁーっ…」

間違いない、女神だ。
しかし、いつものワンピース姿ではなく、
真っ白の水着に、長い水色の髪はひとつにまとめられている。
今の季節に似合わぬ恰好だ。

「ねえ、海にでも泳ぎに行かない?」

はあ…?
まだ冬だぞ?あんな冷たい水の中泳げるかよ…。
凍え死ぬんじゃないのか?

「こんな目の前に海があるのに泳がないなんて、もったいないわよ。
一度もそこで泳いだことなんてないんでしょ」

…こいつ、人間じゃなかった。天使だっけ。

オレは記憶を無くした平凡的でどこにもいそうな普通の人間。で、こいつは常識知らずのバカ天使。
こいつの誘いにのんきに乗ったら、
オレの人生終わりそうだからやめておこう。

…来てしまった。絶対に行かないって思っていたのに。

「うん、いい天気!これなら気持ち良く泳げそうね!」

オレは、この北風が吹く冷たい海で凍え死ぬのだろうか…。

アイスブルーの冬の空に、冷たい銀の光を辺りに振りまいている。
少し風吹いていて肌寒い。
波は穏やかに音を立てながら、砂浜と追いかけっこをしている。
いつも通りの海だ。特に異常は無い。
しばらく砂浜を歩いていると、波打ち際に2人の子供が見えてきた。
小走りで2人に近づく女神。

「あら こんにちは」
「こんにちはーっ」
「よっ、姉ちゃん!姉ちゃんひとりなの?」
「いいえ、あっちに付き添いがいるわ」

珍しいな…人がいるなんて。女神に手招きされたオレは走って追いつく。
ひとりは男の子で、もうひとりは女の子。
年は2人とも同じくらいで10歳前後だろう。
同じような服に同じ黄色の髪、同じ顔。
スカートとズボンという点や髪の長さなんかは少し違うが、
なんだか双子みたいにそっくり。
2人の手にはおもちゃのスコップ、横には作りかけの小さな砂のお城。
たぶん砂遊びでもしていたのだろう。

「二人っきりか~。兄ちゃん達、もしかしてカップルとか?」
「そ、そんなわけないだろ!?な?」
「まあ、違うわね」
「ふーん」

子供ってすぐからかうから好きになれない。
何が楽しくってこいつと一緒に海なんか…。

「お姉ちゃん達、何しに来たのー?」
「これから海で泳ぐのよ」

首をかしげる女の子。無理もない、今の季節は冬なのだから。

「寒くないの?ねぇねぇ、れお。今の季節って泳げるの?」
「…いや、やめといたほうがいいぜ」

れおと呼ばれた男の子はちらっとオレを見た。
お前結構大変だな、という表情を浮かべて。

―第5話 後編へ続く…―