『泊まっていこうかしら』
なんて言い出した女神がオレの部屋に住み着いてから、数日。
窓の外の雪は、ずっと降り続いていた。
―第8話―
同じ部屋で一緒に寝起きをして、一緒に窓の外を見つめて過ごしていたのだが…。一向に外の景色は白のままで、変わらない。
外に出なければ何もないのが、この空の退屈な点だ。
なのでお互いに、とりとめもなく思い付いたことを、ぽつり、ぽつりと、話し合っていたのだった。
白い小鳥のピーの佇む窓際で外を眺めたままの女神が、ソファーに寝転がっているオレに向かって声をかけた。
「あなた、この部屋では何をしているの?」
「…ん」
「こないだ不思議な機械をいじっていたじゃない?」
「あー、あれか?」
オレはこの白い部屋の隅に生えるように立っている機械を見やってから、答える。
「そういや、あの時説明しそびれてたな。あれでこの空の天気を操って整えてるんだ。それがオレの唯一の役目だ」
「ふうん…」
曖昧な返事の後、沈黙が続いた。
この数日で、たわいもない話はずいぶんしたから、途中で会話のキャッチボールを止められても何とも思わなくなった。適当に話していても、話さなきゃ、っていうプレッシャーがいらない相手なのだろう。女神はまだピーと一緒に窓の外を見つめている…。
オレはソファーから立ち上がって、食器棚から白いマグカップを2つ手に取った。
「オレは、ずっとここに住んでいるんだ。ここは退屈で……。
お前が来てくれるの、有難いとは思っているんだ」
「あら。ホント?」
「ああ……」
ポットに近づいて、今朝入れておいたお湯をマグカップに注いでいく。中身をスプーンで掻き回してから、思い直して口を開く。
「だから。来るならちゃんとドアから入ってほしいんだけど」
「…今何か言ったかしら?」
今度は聞き流されてしまい、仕方なく黙り込むオレ…。
たぶんこいつに言っても、ちゃんとノックをしてドアから入ってくれだなんて聞いてくれなさそうだ。今は同居してるんだし、苦労を増やしても仕方がない。今から積もらせたら晴れる頃には身も心も埋もれていそうだ。
「管理人も楽じゃないんだぞ」
あたたかい飲み物で満たされたマグカップを差出し、受け取る女神。窓の外に向き直ったそいつは、ふーっ、と湯気に向かって息を吹いて、微笑んだ。
「そうねぇ。…嫌ならやめたら?」
「……」
しばしの沈黙。
笑みが消え、こちらに振り返る。
「辞められるなら…な」
オレの顔を見て、こいつは何を思ったのだろう。
「好きでやってるんじゃないの?」
黙り込むオレに、近付いてくる。
「…半分は無理矢理だ。」
「もう半分は?」
「…………好きでやってる」
女神は手に持っていたマグカップをコトンと置いた。
そして、再びソファーに埋もれたオレに断りも入れず、隣に座り込む。
「ならいいけど、最近疲れてない?顔、悪いわよ」
「……そんなこと」
「ないって言ったって……、ああ。はっきり言うわ。
あなたの心の中はお見通しよ」
「……」
「その、指示をした人が…いるのかしら?
辞めるとはいわなくても休ませてもらうとか…できないの?」
そう。言われてもな……。
オレは顔を曇らせた。
「今ちょっと……声が…届かなくて」
「声?」
「…………あ、いやっ。
音信不通になるのは珍しくないんだが。その、」
飲み物を一口、口につけてから、オレは息を吐いた。
「あいつ……元気が無いらしくてなあ」
「もう、この世界も、オレも、どうでもいい……みたいな世紀末の顔?
してるの分かるから……はは!まあ、不安定で後ろ向きなのはいつもの事だ、
気にすることはないんだけど……」
そう。いつもの事だ。
だから、引きずられて暗い気持ちになったりなんて、絶対、しない。
ぐっ、と手を握り締めた。
「オレは、オレの出来る事をやるだけさ。最後までな」
「そっか。しろは真面目でいいやつね」
そんな言葉を投げかけられて、素直に肯定した。
「当たり前だ。オレは仕事熱心だからな!」
「あのうなり声を聞いてたのだもの。分かるわ」
「だろ?」
気持ちが軽くなった気がする。そう思い、へへ、と笑った。
数日ぶりに笑ったかもしれない。
しばらく沈黙が続いて、女神が口を開いた。
「うん、話してくれてありがと」
真っ直ぐこちらを見つめられて、お礼を言われた。
大した話じゃなかったけどな、とオレは返事をした。
すると女神は、考えるような仕草をしてから、「じゃあ、」と声漏らし、微笑んだ。
「私の話も聞く?」