雪が、降っている。
窓の外に積もりゆく白が、オレの心の中にも吹き込み、積もってゆく。
―第7話―
快晴が続くこの空において、雪は異常気象に分類される。
もちろん、そんな事(異常気象)はいつものことじゃないか、
と言われるかもしれないが……。
今回は様子がおかしい、気がする。
別段、雪が降ってるというだけで何か起こっているわけじゃないんだが……
どうにもこのちらつく雪を見ていると……
気だるさのような、憂鬱な気持ちが積もっていく感覚を覚える。
「ピーっ…」
部屋の隅から、オレを心配するような声で小鳥が鳴いた。
小鳥を抱き上げる。
ピーは白くて羽毛がふわふわの小鳥で、何よりもあったかい。
ふわふわのピーを抱き締めたまま、オレは顔をもぞもぞと羽毛にうずめる。
「お前は白いのにあったかいなあ~……はあ」
横目で空想世界の気象を示す画面上にもくもくと広がる白を見て、
うんざりした。
この異常気象を抑え、常に晴れを保つのがここ(空)でのオレの役割なのだ。
言ってしまえばこれ以外にやることはないし、
やらずに放っておくわけにもいかない。
そう思案し、重く積もった気持ちを振り落とすように頭を揺さぶった。
「ここまで悪化するとめんどくさいんだぞ……ったく、
誰が管理してやってると思ってるんだよ……」
作業に取りかかってからしばらくして、
窓の方からこつん、こつんと音が響いてきた。
最初は音が小さすぎて気に留めてなかったが、
不自然な連続音が気になって窓の方を見てみた。
「ぴ、ぴ」
「あー、おい。窓つつくな」
丸い体でよく見えないが、ピーが窓に向かって
くちばしでつついているらしい。
手が止められないので、声でピーを止めようとする。
「今外出たって凍えて動けなくなるだけだぞ。
こないだの、冬の海から帰ってきたオレを見ただろ?
同じように体ガクガクになりたいのか?」
「……ぴっ?」
よく見えないけれど、ピーが首をかしげたような声が聞こえてきた。
「晴れるまで大人しくしてろよー?」
小鳥による連続こつこつ音が止んだのを確認して、
オレは再び作業に集中した。
「あー……わっかんねぇ……っ!」
「何が分からないのよ」
「ふああ……、あっ?」
夜通し作業していたはずが、あれ?もう昼だ。
どうやら途中で寝ていたらしい……。
オレのどうしようもない寝言に反応した女神が、呆れた声で応答する。
「何が分からないの?」
「んん……ここの雲が……どかせられなくてなあ。この雲が悪さしてて……
雪がずっと降ってるんじゃねぇかあって思うんだけど……」
寝ぼけ頭で状況を説明しながら、
そういやこいつにオレの仕事を紹介したことすらなかったと思い直した。
「あー…。わかんなくていいや。てか、女神。
お前また勝手に入ってきただろ……?」
しっかり戸締まりしてるのにまたしても簡単に入り込まれてしまっていた。
毎度毎度どうやって入り込んできてるんだ?ご丁寧に物音も痕跡も残さずに。
お前の前世はネズミかサンタか?
「…………」
ぼやけた頭の中で悪態を付くオレ。
もちろん声に出してないからだが、悪態に返事はない。
しばし無言が続いて……。
黙ったまま画面を見つめていた女神が、ようやく口を開いた。
「この雲はここでいいの。問題なのは……
雪が降るくらい気温が下がってるってことだから……」
「うん」
「暖めたらいいんじゃない?」
「おっ?」
女神のひらめきを聞いて、思わず手が動いたオレ。
一瞬画面を触ろうとしたが、すかさずグーの手で台の端を叩いた。
「うちの機械に温め機能なんて便利なモノ無いんだよなあぁ!くそー」
「なら、自然に過ぎるのを待つしかないわね」
「はあ~~しばらく寒いままか!」
「次は雪遊びでもする?」
「ぜってーお断りだっ!!!」
「ふふ」
「しばらく泊まっていこうかしら。この雪の中を帰るのも嫌だし」
「やっぱり怠け者のサンタだったか」
「……?ところで、ピーちゃん。あのままでいいの?」
言われて視線を動かすと、窓際に佇むピーがいた。
ピーはじっと窓の外を見ているようで…
あの位置では、戸締りはしてあるが外の寒気が伝わって寒そうではある。
「ああ、雪が降ってからずっとあんな調子でさ……。お手上げだ」
「そうなの?…あらホントだ」
女神が小鳥を持ち上げてブランケットの巣の上に置くが…
ぱたぱたと慌てて飛び出し、窓際にぴょん、と乗ってしまう。
何度引きはがしてもこんな様子なのだ。
オレはため息をついた。
それを見て、女神も面白半分呆れ半分な声を漏らした。
いや、このバカ天使は楽しみのほうがでかいんだろうな……。
「長い冬になりそう」
そう言って、二人と一羽は、白くなっていく空の世界を見つめていた。