3* 放課後

 

まただ。
昨日の記憶はある。が、校門をくぐってからの記憶が、曖昧になっている。
夢だったかのような。
頭を捻っても、詳細は分からず、ぼんやりと霧散してしまう。

(この世界は、僕のいた世界よりも時間の流れが不規則なのかもしれないな。)

僕は図書館にいた。参考書を片手に、本棚の側に立っていた。
授業はどうしたのだろう…。まさか欠席したわけでは。
そう思い、辺りを見回すが、僕を咎めようとする者はいない。
ここでの授業はそう難しいものではないし、知らない内に終えてしまったのだろうか。
自身の教室へ戻ると、彼は待っていてくれた。

「せーんぱい。探しましたよ?」
「ああ、ごめんね。図書館で…勉強をしていたんだ」

(話しながら、廊下を歩く。中庭へ)

「あ、今日って生徒会お休みでしたっけ。そっか、お休みの時は、図書館だったか」

ハル君は思考を巡らした後、僕の顔を覗き込む。

「何だか、お疲れのようですね」
「…分かるのかい?」

不調を見抜かれた、だと。
いつものように、顔に出ないよう気を使っていないからか。
それとも相手がハル君だから伝わってしまったのか……?
また頭の中でぐるぐると悩ませていると、ハル君は僕をまっすぐに見つめて、ニッと笑った。

「そういう時は、甘いもの。ですよ」

くるりと回って一歩前に出る。
その様子は、つむじ風のようだ。
視界の奥へと走り去っていくハル君の姿が、あの空の世界の彼の姿と重なって、吹き抜けていった。

「はい、どうぞ」

走り去って行ったハル君が戻って来た。
その手に持っていたのは、黄色い円錐の上に白く渦巻いた…何かだった。
見た事のない形状をしている。
得体が分からずじっと見つめていたが、ずっとハル君に持たせておくわけにもいかない。
差し出されたそれを受け取ると、ハル君は僕の隣に並んだ。

「ソフトクリームです。最近、学校の近くにワゴンカーで来るんですよね」

「ソフト、クリーム。へえ」

手の中にあるソフトクリームを見つめる。

「食べた事なかったんですか?」
「…そうだね。無かった気がするよ」

隣でちびちびとついばむ彼に見習って、口をつける。
ソフトクリームは冷たく、ふわりとした感触を舌に残して消えてしまった。
飲んでいるのともまた違う。
なかなかに美味しい食べ物だった。

「ハル君、口元にクリームがついているよ」
「えっ」
「ここに」

きょとんとした顔のハル君の口元を、手持ちのハンカチで拭いてみる。
ちょっと唐突過ぎたか。
ハル君はじっとしていたが、なんだか物言いたげな顔で佇んでいた。

「佐々浦先輩。オレのこと好きなんですよね?」
「もっとこう……指で舐めとったりとか、してもいいと思うんですけど…」

「そんな事をしたら、嫌がられるだろう」
「オレは嫌じゃ…ないですよ」
「えぇ…?」

彼と僕は、どういった関係なのだろう…。
しかしそれを、ハル君に尋ねるのも何だか悪いような気もする。
ソフトクリームも食べ終って落ち着いた僕を見て「何かあったらいつでも頼ってくださいね」と声をかけてくれた。

その力強い優しさに、安堵した一方で、どこか後ろめたさを感じていた。