まただ。
昨日の記憶はある。が、校門をくぐってからの記憶が、曖昧になっている。
夢だったかのような。
頭を捻っても、詳細は分からず、ぼんやりと霧散してしまう。
(この世界は、僕のいた世界よりも時間の流れが不規則なのかもしれないな。)
僕は図書館にいた。参考書を片手に、本棚の側に立っていた。
授業はどうしたのだろう…。まさか欠席したわけでは。
そう思い、辺りを見回すが、僕を咎めようとする者はいない。
ここでの授業はそう難しいものではないし、知らない内に終えてしまったのだろうか。
自身の教室へ戻ると、彼は待っていてくれた。
「せーんぱい。探しましたよ?」
「ああ、ごめんね。図書館で…勉強をしていたんだ」
(話しながら、廊下を歩く。中庭へ)
「あ、今日って生徒会お休みでしたっけ。そっか、お休みの時は、図書館だったか」
ハル君は思考を巡らした後、僕の顔を覗き込む。
「何だか、お疲れのようですね」
「…分かるのかい?」
不調を見抜かれた、だと。
いつものように、顔に出ないよう気を使っていないからか。
それとも相手がハル君だから伝わってしまったのか……?
また頭の中でぐるぐると悩ませていると、ハル君は僕をまっすぐに見つめて、ニッと笑った。
「そういう時は、甘いもの。ですよ」
くるりと回って一歩前に出る。
その様子は、つむじ風のようだ。
視界の奥へと走り去っていくハル君の姿が、あの空の世界の彼の姿と重なって、吹き抜けていった。
「はい、どうぞ」
走り去って行ったハル君が戻って来た。
その手に持っていたのは、黄色い円錐の上に白く渦巻いた…何かだった。
見た事のない形状をしている。
得体が分からずじっと見つめていたが、ずっとハル君に持たせておくわけにもいかない。
差し出されたそれを受け取ると、ハル君は僕の隣に並んだ。
「ソフトクリームです。最近、学校の近くにワゴンカーで来るんですよね」
「ソフト、クリーム。へえ」
手の中にあるソフトクリームを見つめる。
「食べた事なかったんですか?」
「…そうだね。無かった気がするよ」
隣でちびちびとついばむ彼に見習って、口をつける。
ソフトクリームは冷たく、ふわりとした感触を舌に残して消えてしまった。
飲んでいるのともまた違う。
なかなかに美味しい食べ物だった。
「ハル君、口元にクリームがついているよ」
「えっ」
「ここに」
きょとんとした顔のハル君の口元を、手持ちのハンカチで拭いてみる。
ちょっと唐突過ぎたか。
ハル君はじっとしていたが、なんだか物言いたげな顔で佇んでいた。
「佐々浦先輩。オレのこと好きなんですよね?」
「もっとこう……指で舐めとったりとか、してもいいと思うんですけど…」
「そんな事をしたら、嫌がられるだろう」
「オレは嫌じゃ…ないですよ」
「えぇ…?」
彼と僕は、どういった関係なのだろう…。
しかしそれを、ハル君に尋ねるのも何だか悪いような気もする。
ソフトクリームも食べ終って落ち着いた僕を見て「何かあったらいつでも頼ってくださいね」と声をかけてくれた。
その力強い優しさに、安堵した一方で、どこか後ろめたさを感じていた。