帰還してすぐの秋良の話 5

もう一人の僕との奇妙な体験をした数日後。
僕は改めてカントクのスタジオにやってきた。

結局、昨日はカントクとその奥さん(えっと……名前は、オクサンと言っていたな)の言い争いでまだ何をやるのか聞けずじまいだったためだ。
というか。二人とも名前そのままでは……。出会う前からその名前だったのだろうか……?

などと、部屋の真ん中でどうでもいい事に気を取られて突っ立っている僕をよそに、カントクは両手を後ろに回し部屋の中を左、右、左、右、と往復しながら語りだす。

「いいかね、秋良クン」

「君にとって初の仕事、あまり難しいことはできん。
一歩目で挫くようではいけない、だがしかし!!!大きく1歩を踏み出す必要があーーーる!」

「スタンダードかつ、でもビッグな場所でビッグなことをやりたいッッ!!」

はあ。と、とぼける僕の胸に向かって杖を突き出しながら、カントクは叫んだ。

「そこでッ!」

自身の背面をゴソゴソと漁り、カントクの手から、それは、目前に叩きつけられた。
僕は、あぁ、といった感じにようやくまともな反応を示すことができた。

「新生祭のチラシ……。管理局の掲示板にも張ってあったな……」

たしか、ボランティアの募集だったか。
聞き慣れない祭事についての詳細を、定着しきってないあやふやな記憶の中からゆっくりと思い出してみる……。

年に一度、空想世界の新しい住民の誕生を祝うお祭、新生祭(しんせいさい)。
昨年は春に開催したが、今年は空想世界の中でも最も空の見頃となる雨の時期に開催される。
新生祭と被る日はどんなに雨が降っていても晴れ間となるため、小雨の粒がキラキラと輝くため美しい虹が架かる季節。
女神のコンディションや新住民の生まれる時期、傾向で、新生祭の時期は変わってゆく。

「住民達が時間ごとに借り切り、自由に出し物ができる広場があーーる。そこで、ワシらはヒーローショーをやるッ!!」
と、ビシッと提案するカントク。

(空想世界はビッグでオンリーワンな世界。これから子供達は一人一人、自分だけのオリジナルストーリーを歩んでいく、それを楽しんでもらいたい。なのでヒーローショーもオリジナルストーリーになる
そして、空想世界住民は愛と正義が大好きなのだ!!)

やると決まったからにはと、早速動き出す僕達であった。
まずはヒーローショー、催し物の申請(昼を挟んで1日2回)、ヒーローショーの脚本の準備、キャスト(ヒーロー役、司会役)の準備にとりかかる。

申請は管理局で……スタジオの実績がないにも関わらずあっけないほど無事に通り、脚本は僕がスタジオ近くの喫茶店へ、空想世界の最も偉大な存在である女神を直接呼んで頼むことになった。

「いいわよ!とびきり素敵なお話、書いてあげるわ!」

概要を読み終えた女神は、チラシから顔を上げ、快く承諾した。
恐る恐る頼んだせいなのか…?彼女は何故か僕を見てとびきりの細目になって微笑んで、話しかける。

「あなたも新生の住民なんだし、気晴らしに広場でも見て回ったら?…って、誘おうかと思っていたのにね。まさか出し物をする側になるなんて、ふふ。いい心意気ね」

グラスを右手に、ストローを左手に持った女神は、くるくると氷の入ったフルーツティーをかき混ぜながらご機嫌になった。

「いや。僕は…ただ…頼まれて……」

「えーと…。ヒーロー役に、悪役……、それに司会役ね……」

言い淀む僕の言葉を彼女は爽やかな清涼飲料で流しつつ、なるほど、ふんふん。と、いった風に考え込んでいる。

「ねぇ、秋良。ヒーローショーってどんな内容か、あなたは知ってる?」

テーブルに肘をついて、手を組み前のりになって聞いてくる女神。

それに対して。いや……、と僕は首を振った。

「そう!じゃあちょっと、話すわね。私が観たヒーローショーのお話になっちゃうけど……」

***

「——それでね。会場に来てくれたお客様も一緒に巻き込んでお話が進んでいくのよ。きっと司会の子もどさくさに紛れて悪の人質にされちゃって、怖くて思わず涙目になっちゃったり!…なんてこともあるかもしれないわ」

「うんうん。いいわね。ちょうどさっき、ボランティアの募集が済んでね、広場の出し物の司会が決まったのよ!その子にヒーローショーの司会もお願いしちゃいましょ!新たに役を用意するよりも自然だし、より面白くなると思うわ」

とかいって、僕の顔を見ながら意味深に笑い始めた。
これは。
良くない事、考え始めてるな…。

と、察してしまい、苦い顔になる僕であった。

 

後日。
カントク経由から女神書き下ろしの脚本を貰い、僕らはスタジオで練習を始めた。

お話は、実にシンプルだ。
空想世界の新生住民……その中でも子供を祝うために集まった幼い観客達と司会役の前に、住民達の夢を奪う怪人が襲来する。
皆が恐怖に陥り、絶対絶命となったその時。
まばゆい光に包まれた勇敢な青年がヒーローとして颯爽と現れる。
そして、正義の拳で怪人をやっつける、というものだ。

現場の機材の準備や当日のセッティングはカントクとオクサンが、分裂して行ってくれるらしい。
司会役は、忙しいため稽古には来れないとのこと。
当日にリハーサルを行うので、そこで台詞合わせをする予定になっている。
ヒーロー役は……募集も各所に貼り出しているし、カントクが小さな住民達に頼み総出で探してはいるが、閑古鳥がなくばかりである。
とはいっても演技初挑戦の僕に掛け合いの練習が必要になることは明白な事実だった。
カントクが大雑把な演技の指示をしつつ、僕が(同じ職場の部下で、力もある彼に、と一つ返事で承諾してくれた)ザンゲツを呼んで演技の稽古をつけてもらう。
その様子をカメラに写していくオクサン。

「あ~~!!本番で手伝えなくって悔しいっス…!」

稽古の途中、だはー!と、ザンゲツは大声を出しながら床で後ろに手をついて体を投げ出した。

「ミルミルの付き添いに、星ちゃんズの子もりを頼まれなければ一瞬でも手伝えたっス!!スンマセン!!こうなったらマグ姉にお守り突き返してやりたいっス!!」

視界の端に稽古場を駆け回る私服姿のミルミルと、事務所にあったファンシーなコスプレ衣装を纏って追い掛け回す星霊達が見える。
火照った体が冷める合間にそれを眺めながら、僕はザンゲツに返事をした。

「いや、いいんだよ。無理を言っているのはこちらだからね。手伝ってくれて、助かるよ」

「んりゃ局長の頼みっスからね……!!遅れてやってくる、(シュッシュッ)ヒーローにっ。(シュッシュッ)局長の必殺の一撃っ、(シュバッ!)食らわせてやるっス~~~~!!」

「…………悪がヒーローを倒したら、ショーが終わってしまうよ」

「……ッス?」

「にしても。なんっか、役!集まり悪いっスね。ヒーロー役っス!
空想住民はみんな正義の存在、大好きっスよ?シュバッって集まらないの……変じゃナイスか……?」

「ワシも思っとった……。変じゃ……。誰でも一度はビッグなヒーローになりたいと思わんかね……」

たしか…。ヒーローショーの脚本の打診をした際に、彼女が言っていたことを思い出す……。

空想世界でもコミックや絵本といった媒体で、子供だけでなく大人からも希望の光を思い起こさせる英雄として認識され、大人気の存在だと聞かされた。
毎年、転換期を迎えた住民達に「何になりたいか」と謁見室で希望を聞くと「ヒーローになりたい」と目を光らせながら憧れを訴える男の子も多い、のだと……。

それなのに、何故だ。何故誰も、ヒーロー役になりたがらない……。

「……………………男。」

僕は、ふと思い付いた言葉をポツリと漏らす。

「いないんじゃ、ないかな。大人の男性が」

「ス?空想住民のことっすか?」

ん~~。隣で唸りながら腕組みして考え込む様子を眺める…。

「男……男……。局長と、っス、それと魔界にいる魔王ッスよね……」

魔王……。今は、あの男がやっていると風の噂で聞いていたが、本当だったのか……。
それは、かつて、幼い僕を反逆の道へと、闇へと陥れた因縁の男だ。忘れるはずもない。

と、呟いていたザンゲツが、突然声を荒げた。

「あ~~~~?あ~~~~!!!たしかにいないっス!!!!!!!」

新生の住民の中にもいなかったっス!!!!!!
なんなんスか!!!!!!神さん男嫌いなんスか!?!!!???と嘆き出すザンゲツ。

僕はというと。この世界にたった3人しかいない男の様相を反芻して俯いた。

己の部下を除いてしまえば、もうあの男しか残らない。
だが、あの男が頷くとも思えないし、到底、世界を救うような光輝くヒーローなど勤まるわけもない。
逆に、世界をぶっ壊していく方がまだ似合うのではないか。
実際は、それさえも面倒臭がって満身創痍の僕に全て投げやったしょうもないやつだが。
思わず頭を抱えた僕の内側に、陰湿な男の顔をかき消すように軽快に笑う顔が突っ切っていく。
そうだ。
あの男なんてもう、どうでもいい。それは僕が選んだ道だろう。
そうだった。
口ではああ言っておいて。
笑っておいて。
いつだって先回りをして僕の邪魔をする存在は、決まりきっている。

「…………彼女の、せいじゃないか」

微笑みかけたはずの女神からの大胆な手のひら返しが卑劣すぎて、僕はただ、嘆くしかなかったのだった…。